2017/02/24

補助154号線の並木の違い

15411542 先日,補助154号線は以前からあったという記事を書きましたが,旧明正高校の部分は,旧高校を突っ切って道路を新設した部分だろうと思います。
 そう思ってみると,並木の高さが,「世田谷区役所西」交差点の北と南では,全然違っています。北側は植えたばかりという感じの細い低い木が並木になっています。一方南側は,私が小学校の頃,学校から世田谷区民会館へ行く時に渡った部分で,高い並木となっています。北側は明正高校を撤去して道路を新設した部分,南は以前からあった道路だろうと思います。

(写真上が交差点北側の細く低い並木,写真下が交差点南側の太く高い並木。)

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2017/02/23

世界初の「ブロックチェーン導入政府」ジョージア 利用拡大を宣言

Chain ネット上に「世界初のブロックチェーン導入政府 ジョージア」という記事が載っていました
 ジョージアとは,アメリカジョージア州の事ではありません。グルジアと呼ばれていた旧ソ連から独立した国家の事です。
 まあこれだけの記事では,どのようにブロックチェーン技術を使うのかよくわかりません。おそらくプライベートブロックチェーンというものだと思います。
 プライベートブロックチェーンは,ビットコインの中核技術である元祖ブロックチェーンとは別物です。いわゆる所有権利の移転を記録した台帳は,複数で分散して持つという所は同じとしても,その管理方法が違う物です。
 プライベートブロックチェーンといえば,ビットコインのような計算競争システム(Proof of work)ではなく,マイナー=承認者を少数に限って,さらに個々のマイナーに何らかの優先度をつけて(これって,承認者に役職に似たレベルをつけることではないですか?)承認時間(ブロックチェーンへの新台帳の追加時間)を短くするという方法をとるのではないかと思います。
 つまりプライベートブロックチェーンは,ビットコインの元祖ブロックチェーンが,管理者が居らず,自立的に仕事をするシステムで,オープンでパブリックなものであるのに対して,管理者が居り,新しい取引をブロックチェーンに追加するときのminer=承認者はオープンでなく数人に限定されており,しかもそのマイナーにレベル付けをして承認作業の短時間化を図るシステムです。まあ,プライベートブロックチェーンは色々なシステムがあるので,一概には言えませんが,オープンでパブリックなシステムに近づく程新しい取引のブロックチェーンへの追加に時間がかかるというものです。
 そのようなシステムに国の重要な台帳類を管理を託して,一人あるいは数人の管理者によるこれまでの台帳管理よりそのような分散管理が本当に有効かつ安全なのか,疑問に思っています。
 プライベートブロックチェーンは,元祖ブロックチェーンとは別物なのに,「ブロックチェーン」という言葉に惑わされ易く,それだけで改ざんされ難いというイメージができあがります。本来,別の名前で呼ばれるべきものでしょう。
 このジョージアのシステム,ある日改ざんされて終わるという事のない様,願います。

(写真は,フリー写真素材サイト「足成」より。)

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2017/02/22

都市計画道路補助第154号線は昔からあった?

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 先日紹介したバス路線,等13系統。東急バスで運行される等々力操車場-梅ヶ丘駅間の世田谷区のコミュニティーバス路線です。
 この系統は,都市計画道路補助第154号線という道路が完成したから運行が可能となったわけですが,この道路,以前からあったような気がしていました。私が小学生の頃,小学校から世田谷区民会館(世田谷区の公民館)に行く際もこの道路を渡って行ったような気がします。まあ,バスが通行できないほど狭かったという事はあるかもしれませんが,全く無かった道路ではないと思いました。
 そこで調べてみたら(例によって今昔マップで),私が小学生の頃,1960年代後半には,世田谷通りから少なくとも現在の「世田谷区役所西」交差点まで,実際はさらにその少し先までは現在の154号線となる道路が存在していた事が分かりました。実際のところ,もっと以前の,80年代の地図にも存在しています。
 ところが,その先,道路が途切れていて,今のように梅ヶ丘まで通じていません。
 何故途切れているのだろうと思って調べてみたら,道路が途切れた先は東京都立明正高校という学校があって,この道路をさえぎっていた事が分かりました。この高校が無くなって,この道路が開通したわけです。
 以前高校だった154号線以外の場所は,国士舘大学の真新しいキャンパスが建っています。154号線の左右にキャンパスがあるのです。
 おそらくキャンパスのさらに梅ヶ丘寄りにある円光院幼稚園の真新しい建物も,以前は高校だった可能性があります。おそらく高校は,烏山川(現在は暗渠=遊歩道になっているが)に面していたものと思います。
 世田谷通りから梅ヶ丘方面に歩いて左側に,いかにも工事中という雰囲気の仮設塀に囲まれて,いかにも「高校の部室棟=クラブハウス」という感じのいささか古びた建物があります。154号線を歩くとき,これはなんだろうと思っていたのですが,おそらくこれは明正高校のクラブハウスだったのではないでしょうか? この裏でタバコを吸った思い出がある方もいるのでは?(私も生涯に一度だけ吸ったタバコが,高校時代,クラブハウスの裏でだったwww。)
 さてこの高校,今どこに行ってしまったのかと思ったら,同じ都立の千歳高校と合併して,芦花高校という名前に変わって存在している事が分かりました。千歳高校ならば,私が小学生の頃よく遊んでくれた近所のお兄ちゃんの通っていた高校です。
 この芦花高校は,旧千歳高校の場所にあるという事です。まあ154号線のために,都としては明正高校の場所に存続しておく事はできなかったというわけでしょう。

(上の写真は,多分明正高校のクラブハウスだったのだろうと思う建物。下の写真はその建物の裏,どうもプールだったようですね。写真の遊歩道は烏山川跡。)

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2017/02/21

車の自動運転

Car 2月9日付けで国交省から自動運転に関するプレスリリースが出ました
 「自動走行に係る車両について、公道実証実験を可能とするため、ハンドルやアクセル・ブレーキペダル等の保安基準を緩和できることとします。これにより、これら装置を備えない車両についても、速度制限、走行ルートの限定、緊急停止ボタンの設置といった安全確保措置が講じられることを条件に、公道走行が可能となります」という内容です。
 それ自体は車の自動運転に向けて前向きな対応で,それはそれで結構な事だと思います。
 しかし私は,自動運転については,今盛んにIT企業や自動車メーカーで研究されているような,車をロボット化し,勝手気ままにそのロボットがその意思で動き回る自動運転方式は,(将来少しの間使われるかもしれませんが)究極的にはそうはならないのではないかと思っています。
 線路はありませんが,あたかも線路があるかのごとく道路上のある決まったルートをたどり(といっても一つの道路にたくさんの線路が設定されている),それは道路に埋められた鉄道のATO(自動運転装置)のように,あるいは道路近傍の照明ポールなり建物なりから,あるいは衛星から,あるいはひょっとすると本物の衛星,月から,車に指令が来てコントロールされる。追越なども車側の判断ではなく集中的に交通を制御するコントロールセンターの判断で適切に判断される。
 それならば,車側の運転装置には,直近の障害物(人や物,他の車自身)に反応して車を安全にストップさせる機能程度があればいい。
 目的地までの面としての交通はコントロールセンターで全て把握され,目的地までその時々で最も適切なルートが選択される・・・。
 個々の車を全てロボット化するのと,コントロールセンター方式と,どちらがお得なんでしょう?
 今一生懸命IT企業は車のロボット化自動運転に向けて投資を続けていますが,さて将来的にそんな自動運転システムが主流になるのでしょうか? すくなくとも,都市部は集中コントロール方式が合理的なのではないかと思っています。

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2017/02/20

久しぶりの「代一元」,メンマラーメン

Daichigen

 東京世田谷山下の代一元に久しぶりに行きました。
 端正な東京ラーメン。
 今日はメンマラーメンです。本当にメンマがたくさん。まずスープがしみ込んだ海苔をいただき,スープの様子をみる。
 美味しかった。

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2017/02/19

梅が丘「UNO」のピザランチ,ふたたび

Umegaoka_pizza

 先日,梅が丘のイタリアン「UNO」の550円ピザランチ,生ハムピザを紹介しました
 今回は同じ生ハムピザにモッツァレラチーズをトッピングしてみました。
 ここのランチでは,10種を超える具のトッピング,8種類程度のチーズのトッピングが,90円で選べます。

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2017/02/18

共謀罪?

Conspiracy 今政府が成立を目指している共謀罪について,2月16日に,反対する文化人や学者が都内で集まって,250人集会が開かれたという記事が新聞に載っていました。
 私はこのようなアジテートを含んだ集会をいくら開いたって,時間の無駄のような気がしています。一般国民が共謀罪に対する知見を深める役に立つようには思えないのです。
 共謀罪については,賛成派が一つ具体的な例を挙げ「このような例では,現行法で対応できない」←→反対派が「いや,こういう現行法で対応できる」という,具体例に関する問答をいくつも繰り返し,結局「現行法では対応できないじゃないか」あるいは「現行法で全部対応できるじゃないか」という事になって,じゃあどうするのか・・・,という流れが一般国民には一番分かりやすいように思うのです。
 まあ私は,共謀罪については,それ程賛成しているわけではないのですがね・・・。

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2017/02/17

世田谷梅ヶ丘のイタリアン「UNO」のピザ

Pizza 東京世田谷の梅が丘といえば「美登利寿司」が有名ですが,その梅が丘のイタリアン「ピッツァ&バール UNO」で昼にピザをいただきました。
 写真は生ハムのピザ。ランチピザは全て550円均一です。550円でどんなピザが来るのかなとおもっていたら,なかなか立派で美味しいピザでした。あらかじめ切ってありますが全ての切り身に生ハムが配置されていました。
 アルコールもある様ですが,ソフトドリンクは200円均一です。珈琲や,ジュース類もあります。
 梅が丘という所はあまり行く機会がありませんが,おすすめの店です。

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2017/02/16

小田急と東急世田谷線の不思議な縁

SetagayasenOdakyu 以前,東京世田谷区に住んでいて,そこは小田急線と東急世田谷線の両方の駅に出られる場所だったのですが,そのため渋谷に出るときは世田谷線(私が住んでいた時点では,東急玉川線の三軒茶屋-下高井戸区間),新宿へ出るときは小田急に乗っていました。
 したがって小田急と世田谷線はおなじみの電車だったのですが,この二つの鉄道は,不思議な縁がある事を最近知りました。
(以降,分かりやすいように,路線名は現在の名前を使います。)
 小田急の創業者,利光鶴松は,当初まず地下鉄である東京高速鉄道を企画します(この地下鉄計画は東急の五島慶太が参画し,渋谷-新橋間の地下鉄(現在の地下鉄銀座線の南半分の区間)として実現する地下鉄と同名の会社ですが,別物です)。その東京高速鉄道の郊外線部分として計画されたのが現小田急の路線です。
 地下鉄の郊外線という位置づけですから,起点は赤坂にも近い現在の東京千代田区平河町に置き,平河町から赤坂見附,原宿,渋谷,三軒茶屋,成城学園前(当時の砧村)を経て多摩川を渡って原町田へ,そして現在の小田急の路線とほぼ同じ経路で小田原にいたる路線でした。
 ここで注目は,初めの計画当時は新宿を経由せず,渋谷から三軒茶屋,成城と,現在の世田谷通り沿いに計画されていた事です。それが新宿起点となったのは,鉄道省にいた利光の友人の助言によるという話が「利光鶴松と小田急電車(首都圏の鉄道史4-2)」というホームページに載っているので参照ください。
 さてこれが大正時代の話です。
 それより前,明治時代に構想されたのが玉川線でした。私は,玉川電気鉄道の後身が玉川線,二子玉川への本線と三軒茶屋-下高井戸間の世田谷線だと思っていたのですが,その成り立ちは二子玉川への玉川電気鉄道と世田谷線方面を企画した玉川砂利電気鉄道の2社の案を合体したものだったのです。しかもどうやら,この2社の合体では,世田谷線の玉川砂利電気鉄道が主となり,二子玉川方面の玉川電気鉄道を合体したようです。
 これは前述のとおり,大正時代である小田急の計画より前,明治時代の話です。
 その玉川砂利鉄道の計画は,下高井戸に至る路線ではありませんでした。三軒茶屋から上町(当時は世田谷)を通り,さらに西に世田谷通り沿いに進み登戸に至るという路線。社名の砂利は,二子玉川ではなく,登戸付近の多摩川の砂利を意図していました。
 これとほぼ同じルートをたどるのが,大正時代の小田急の当初計画だったわけです。私のいう小田急と世田谷線の不思議な縁とはこの事です。
 結局小田急は新宿を起点とし,玉川砂利電気鉄道の計画線より少し北側を通り,世田谷線は上町から大きく向きを北へ変えて世田谷通りを離れ,下高井戸で京王線と接続する事になりました。これは,京王線が運んでくる多摩川の砂利を下高井戸で受取って都心へ運ぶ意図があったようです。線路幅が同じ京王線と世田谷線は,当時下高井戸で線路がつながっていたようで(直通運転は行われていなかったようですが),下高井戸には京王線本線の他に,貨物線もありました。
 ちなみに,大正時代の小田急の前,明治時代に,小田急と同じような経路をたどって東京千駄ヶ谷付近と小田原を結ぼうとした武相中央鉄道の計画があって,玉川砂利鉄道は登戸から先,これに乗り入れることを考えていたようです。大正時代の小田急は,この玉川砂利鉄道と武相中央鉄道の計画を合体させたような計画だったわけですね。
 私が世田谷に住んでいた時お世話になった2線ですが,最近そんな縁がある事を知って驚きました。

(写真は,フリー写真素材サイト「足成」より。)

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2017/02/15

世田谷区役所・区民会館

Kuyakusho1Kuyakusho2Kuyakusho3Kuyakusho4 先日このブログで話題にした等々力操車場から梅ヶ丘駅までのバスは,ほぼ始点から終点まで途中別の道に曲がることなく一続きの同じ道を走りますが,唯一曲がって立ち寄るのが世田谷区民会館停留所です。停留所の名前は区民会館(世田谷区の公会堂)ですが,同一敷地に世田谷区役所と区議会会議場があります。ここに寄るのは,沿線の主要施設という事で,当然といえるでしょう。
 その場所は,世田谷区世田谷4丁目。私が小学生の頃,この区民会館では,学校行事として何回か入館して,人形劇や芝居や映画を見た事があります。その際は,歩いて20分位かけて学校から区民会館へ行くのが常でした。
 先日,新しく開通したバスに試乗したとき,帰りにはここで降りて久しぶりに区役所や区民会館を眺めました。
 私が小学校の頃は,この区役所の建物群はできて5年程度経った頃で,まだ新しい雰囲気だったのですが,もうすっかり古びていました。
 ここの建物は前川國男氏が設計したものです。前川氏は丹下健三氏の師匠筋にあたる人で(丹下氏は前川國男設計事務所出身),弘前市の財団法人木村産業研究所は,国登録有形文化財に指定されています。
 1959年竣工ですから,建築時からもう57年あまり経っているわけで,もちろん建替えや移転の話があります。
 次はどんな建物ができるのでしょうか?

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