2015/07/01

海岸電軌軌道の鶴見川は,どこまで専用軌道だったのか?

 このところ断続的に,横浜市鶴見の海岸電気軌道廃線跡についてルポしていますが,私の中でいまのところまだ謎なのは,総持寺ターミナルからどこまでが専用線で,どこから併用軌道になっていたのかという事です。川崎側のターミナル,大師駅付近は,当時の三千分の一地形図というのがあって,それでどこまで専用軌道であったのか分かります。一方鶴見側は,三千分の一地形図が昭和26年=1951年版である為に,既に1937年に廃止されている海岸電軌は記載されておらず,どこまで専用線であったのか分かりません。
 そこで海岸電軌が存在した1925年から1937年の鶴見付近の地図を探していたのですが,1934年版の「新大横濱市全圖」という地図を発見しました。大分以前紹介した事がある,「日文研」,大学共同利用機関法人「国際日本文化研究センター」という組織のサイトの中です。
 この地図の右下の方に鶴見付近が描かれているのですが,そこに海岸電軌もしっかり描かれています。それによると,「本山前」という名前で記載されている「総持寺駅」から鶴見川を渡り,現在の国道1号線までが専用線。そこからは併用軌道で産業道路へ合流するという事の様です。この地図を見ると,赤インクで印刷された鉄道が,地の地図部分と微妙にずれていて,完全に道路上に軌道がないように見えますが,これはどうも当時の印刷の限界ということのようですね。鶴見川の臨港橋部分も,軌道が中央を通っている様には見えないので,当時の多色刷り地図によくある印刷上の誤差ということです。
 この地図を信じれば,昨日紹介した臨港鶴見川橋から産業道路までの道路は,併用軌道部分ということだったようですね。

1934turumi

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015/06/30

横浜市鶴見のハンバーグとステーキの店「いわたき」

Iwataki1 先日来断続的にアップしている横浜市鶴見の海岸電軌跡探訪の時,国道1号線沿いに見つけたハンバーグとステーキの店で昼食をとりました。「いわたき」という店です。
 左の写真が,注文したハンバーグについているサラダバーです。ライス,カレー,スープなどもあります。飲み物は付いていないので,200円なりで別にアイスコーヒーを頼みました。
 下の写真がメインディッシュのデミグラスソースハンバーグ玉子のせ150gです。
 ハンバーグはミンチが細か目。専門店は粗挽きのところが多いとおもいますが,ここはファミレスライク。その厚さも薄めで,ファミレスライクでした。しかし国産牛100%のハンバーグは,後味に風味があり,なかなか美味しかったです。
 デミグラスソースは甘めなのが私には少々難でしたが(ここら辺は好みですからね),量が多めなのがいいですね。付け合わせの温野菜や目玉焼きにも,たっぷり使えます。
 この店,昭和59年創業と書いてありましたから,結構老舗なんですね。建物は確かに少しくたびれている様でした。
 鶴見駅から少し離れた国道沿いですが,ご飯時にここら辺を通りかかったら,また入るかもしれません。

Iwataki2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015/06/29

海岸電軌の廃線跡ルポ再び

Kidou1Kidou2_2Kidou3_joinKidou4_stKidou5_plate 先日,横浜市鶴見の海岸電気軌道跡のルポを書きました。海岸電軌が鶴見側を渡る「臨港鶴見川橋」からターミナルだった総持寺駅までのルポでしたが,今回は臨港鶴見川橋から大師駅方向へ行って,産業道路に合流するまでの線路跡をルポします。線路跡といっても,何も痕跡はありません。普通に道路があるだけです。
 さてはじめの写真。臨港鶴見川橋を渡って廃線跡の道を大師駅方面へしばらく歩き,振り返って橋の方角,つまり総持寺駅の方を眺めた写真です。まっすぐな廃線跡の道が続いています。
 次の写真は産業道路への合流地点。産業道路の上には高速道路横羽線が通っています。廃線跡の道が産業道路に入る交差点の左側のカーブ具合が,軌道跡を感じさせてくれます。
 三枚目の写真はこの合流地点を産業道路側から撮影した写真。総持寺駅の方向に向かって撮影しています。まっすぐの方向が産業道路の生麦方面,右に入るのが廃線跡の道路です。
 次の写真は鶴見駅です。西口のJR鶴見線ホームの建物を撮影しています。これはとりもなおさず鶴見臨港鉄道の鶴見駅だったもので,この建物の2階に,JRとしては珍しい,私鉄からの転向らしい,突端式の鶴見線鶴見駅ホームが納まっています。JR京浜東北線は地上ですから,京浜東北線鶴見駅ホームから階段なりエスカレータなりで2階に登って,西口の方へ行ったところ(つまり2階)に鶴見線のホームがあります。地上の京浜東北線なり東海道本線なりの線路とは,鶴見駅では一切つながっていません。さて,その鶴見駅建屋の手前側(左側)がミナールというビルです。そのミナールの西口側入口の案内板を見ると,なんと6階に歯科と一緒に「鶴見臨港鉄道株式会社」が入居しています。もちろん,鉄道部門をJRに買収されて失い,バス部門を臨港バス(京急の関連会社)として失った鉄道会社の後身です。今は鉄道が持っていた不動産の管理会社になっている様です。このミナールのビルも,この会社の持ち物だそうです。
 鶴見臨港鉄道の時代,先ほどの4枚目の写真の様に,鶴見駅の左側,ミナールビルの場所も同鉄道の土地だったわけです。これは同鉄道が鶴見からさらに川崎側へ延伸計画を持っていた名残だという事です。南武線矢向駅方面への延伸を計画していた様です。
 ところで唐突に鶴見臨港鉄道について書いた様ですが,以前書いた様に,京浜電鉄,現京急の子会社として誕生した海岸電気軌道は,やがて一部区間が平行する鶴見臨港鉄道に吸収合併され,やがて鶴見臨港鉄道の軌道線として廃線になります。鶴見臨港鉄道(現JR鶴見線)も,海岸電軌と浅からぬ因縁を持っているわけです。

(ミナールの看板以外は,写真をクリックすると拡大します。)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015/06/28

アマゾンが紙の本を安売り~再販制度の破壊?

Book アマゾン書店が,初めて紙の本を廉価販売するそうです。
 紙の本は,再販制度という,出版社が値付けした価格で販売する制度により,販売価格を保障されています。しかしながらアマゾンは,出版社と交渉し,取次店と交渉して,現在の販売の仕組みを壊すことなく廉価販売することになったそうです。しかしキャンペーンとして6月26日から7月31日までの期間限定。ダイヤモンド社,インプレス社,廣済堂,主婦の友社,サンクチュアリ出版,翔泳社の約110タイトルを定価の2割引で販売するとのことです。過去に出版された本とはいえ,その中には,「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」「クラウド化する世界」などの私でも知っているベストセラーを含んでいるそうです。
 再販制度については,もうずいぶん前にこのブログで取り上げたことがあり,アマゾンのようなネット書店の登場によって,日本書籍出版協会が示す再販制度擁護の主張は,意味を失っているという意味の事を述べました。
 今回アマゾンによる廉価販売開始の記事が東洋経済のオンライン版に掲載されて,それが某ニュースキュレーションサイトに取り上げられ,それに対してコメントを書いた方の説明が非常にわかりやすいものでした。
 そもそも書店は,本を仕入れて陳列して販売する店ではなく,出版社から本を預かって陳列販売する店であって,したがって売れなければ出版社に本を返品する。品物を仕入れて販売し,売れなくても返品できず,廉価販売するか廃棄するしかないという普通の商店とは性格が違っているわけです。
 そんな商売に対して,出版社にとってどんなメリットがあるのかというと,とにかくたくさんの本を展示販売してもらえるというとことにあります。そうでなければ,本屋の仕入れはベストセラーに偏り,数多くの書籍をおいてもらえなくなることが回避できているのです。一般消費者も,ベストセラーに偏ることなく,多くの書籍を手に取り,選択できるメリットがあります。その代わり,その根付けは,商店(書店)側にあるのではなく,出版社側にあるというのが再販制度というわけです。書店にしても,売れなくても返品すればいいので,廉価販売の必要がありません。
 そんな再販制度は,じっさいのところ実店舗をもち,書籍の展示販売を行う,従来の書店でこそ成り立つ理屈です。ネット販売のアマゾン書店は,実際の本を陳列することなく販売しています。返品は行いません。多種多様な本を陳列販売しませんが,ネット上にマイナーな本も多数そろえ,ベストセラーだけに偏らない販売を行っています。
 したがって,仕入れて売れない書籍は,本来アマゾン書店が値段をつけ,廉価販売を行ってしかるべきということになります。
 アマゾンは電子書籍も販売しています。アマゾンの電子書籍,Kindle本は,通常でも最大20%程度紙の本より安い価格で販売されています。毎日50%以上安い価格で販売する日替わりセールもおこなわれています。またキャンペーンとして,たくさんの本の50%割引などもあります。
 再販制度の仕組みがわかれば,電子書籍が再販制度になじまないことが,よくわかります。
 さて,ネット書店で販売される紙の本まで廉価販売が行われると,書店が打撃を受けることになります。しかしそれは仕方ないことかもしれません。減少している書店のますますの減少を招くでしょう。代官山に蔦谷書店という巨大な書店があります。DVDレンタルのTSUTAYAが運営している書店です。ここの本は全てネットで購入できます。言い換えれば,むしろネットで購入できる本の実物を展示している展示場といえます。多分将来,書店はネット書店が経営し,ネットで購入できる本の展示場という意味のところ(もちろんそこで購入できる)になると思います。地方では・・・,書店がなくなることにはなるでしょうね。かつて地方にもたくさんあった映画館が,現在では都市へ行って観るイベントのような存在になっているのと同じように,都市にある展示場=書店に行くことになるでしょう。

(写真は,フリー写真素材サイト,足成より。)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015/06/27

戦後70年だけれど

Taihou 今年は戦後70年という事で,テレビ,新聞でも戦争にまつわる記事が多いし,各地で特別展などが行われています。
 それらの多くは,戦争の悲惨さを示し「その時代に戻ってはならない」というものです。確かにそのとおりで,そのような主張は行っていかなければならないのですが,あまりにもそれ一辺倒であるように感じます。つまり「戦争被害者の主張」,被害者史観とも言うべき「こんなひどいことをされた」というものです。
 確かに戦争を経験した一般人は,ひどいことをされたとしか言いようがないと思います。しかし,実際はそれだけではなかったのではないでしょうか? 当時の国民として,加害者としての加害者史観というべきものが,何もないというのはどうかと思います。たまにそういうものが出てきたと思ったら,とんでもないでっち上げの吉田証言に基づいた慰安婦問題だったりします。
 昭和史の本などを読んでみると,戦争のときに日本の犯した過ちについて記載されていたりするのですが,あまり人口に膾炙しているとはいえません。
 また旧海軍のOBは,毎年集まって戦争の反省をおおなっていたという事もあったようですが,そんな話が広く広まることもありません。
 戦争を生きた当事者ならば,被害者として戦争を語るだけでなく,加害者として語ることも必要だと思います。
 さらにそれは,日本人だけでなく,戦勝国の人々も,加害者としての事実も語るべきだと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015/06/26

鶴見付近の海岸電軌跡

Rinko_brgHousesAlleyPark1Park2 さて,昨日書いたように,晴れていたのに夕方になって雲行きが不安定になり,雨が降った会社が半ドンの日,横浜に行ったと書きましたが,具体的に言うと横浜市鶴見へ行ったのです。
 鉄道趣味がらみでの鶴見行き・・・・・というと,このブログを読んでいる方なら(毎日読んでいる方がいるかは不安なのですがwww)ピンとくるでしょう。最近いくつかの記事を書いてきた海岸電気軌道がらみの鶴見訪問です。
 海岸電気軌道は当初京浜電鉄(今の京急)の子会社として発足し,後に鶴見臨港鉄道(今のJR鶴見線)に吸収合併された路面電車です。鶴見の総持寺駅(京急本線の京急鶴見と花月園前駅間にあった駅)と川崎の大師駅(現京急大師線川崎大師駅)を結び,大部分現在の産業道路上に線路が敷設されていました。しかし川崎大師付近と鶴見付近,それに途中の鋼管前付近に専用線があったようです。
 前回,川崎大師付近の専用線跡には行ってきましたが,今回は鶴見総持寺駅付近の専用線跡へ行ってきたのです。
 最初の写真は,海岸電軌が総持寺駅を発車してすぐ鶴見川を渡っていた臨港橋の写真です。正確には「臨港鶴見川橋」というらしいですね。別に港に近いわけでもないのに「臨港」の名前が付いたのは,海岸電軌が鶴見臨港鉄道の一部門だったからでしょう。写真は総持寺駅方向から川崎大師方向に向かって撮影しています。この先,海岸電軌はほぼ直線で産業道路を目指し,併用軌道に入っていたようです。
 次の写真は,臨港橋からわずかに総持寺駅方向に行ったところ,軌道跡の道路上で現在の国道15号線(第一京浜)を見たところです。海岸電軌はこの第一京浜を越えて,正面の商店のあたりを奥へ進み,総持寺駅へ入っていきました。前回の記事に示した現在の航空写真上の総持寺駅からの家の連なりの一番臨港橋側(第一京浜側)の家が,この商店です。
 次の写真はこの家のカーブした連なりに沿った路地の写真です。もちろんこんな細い路地の部分に線路が敷いてあったわけではなく,この路地を含めた右側の家々が線路跡です。
 次の写真は海岸電軌総持寺駅跡である「本山桜公園」の入口です。この公園は,この入口から中へ入ると曲がった扇形に広がっており,いかにもターミナルという感じです。結構広い面積ですが,京浜電鉄本線の駅もあった事を考えると,こんなものかと思います。
 最後の写真は「本山桜公園」の奥の風景。正面は桜の木が植えられており,はっきりしませんが,桜の木々の向こうに京急本線高架線があります。肉眼では架線柱が見えるのですが,写真では分からないかもしれませんね。海岸電軌があったころはもちろん本線も高架線ではありませんでした。
 横浜市や川崎市の昭和初年くらいの昔を知るのに便利なのは,各々の「3000分の一地形図」ですが,以前言及したとおり,同地形図は横浜市の昭和初年度版が昭和26年製で,既に海岸電軌が廃止された跡の地図であり,ここら辺の軌道の様子が示されていないのが残念です。

(写真をクリックすると,拡大します。)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015/06/25

梅雨の晴れ間

Umbrella まだ梅雨が明けない東京地方ですが,6月23日(火)は朝からよく晴れていました。
 この日は会社が半ドンだったので,昼から横浜市の某所へ行ってきました。ところが3時頃から黒雲が空を覆い始め,6時頃には雨が降って来ました。やっぱり梅雨なんですね。しかし夜になると,結構雨足は激しく,昔の梅雨とはちょっとイメージが違います。梅雨の雨のスコール化。最近そう思える雨が多くなりました。
 明日は,横浜の某所のルポができるかな?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015/06/24

今年のアジサイは大きい

Big_ajisai

 少し前から,ウチのアジサイも満開になっています。
 去年はこのアジサイ,全く咲きませんでした。アジサイの木として,もうダメになってしまったのかと思ったら,今年はたくさん咲きました。しかも一つの花が大きい。こんな大きい花が咲いたのは初めてです。
 おそらく去年のお休みがよかったという事なんでしょうね。こんなことになるとは思いませんでした。
 アジサイにも休暇が必要な様です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015/06/23

海岸電軌「鋼管前」電停付近の専用軌道

Map_kokan1_2Map_kokan2_2Map_kokan3_3 横浜市鶴見の総持寺前(かつて京急鶴見と花月園前の間にあった駅)から大師(現京急大師線川崎大師駅)を結んでいた海岸電気軌道の軌道跡について,ここのところ何回か記事にしました。
 この軌道は,大部分産業道路上に敷設された路面電車でしたが,これまで京急大師線産業道路駅付近と総持寺駅付近の専用軌道部分について書いてきましたが,前回,もう一カ所専用軌道部分があった事を述べました。
 その道路上から専用軌道に移る部分が最初の地図です。産業道路上の併用軌道から北方へ専用軌道が分離しています。
 次の地図は,一枚目の地図の右,西側の部分です。再び専用軌道が併用軌道に合流する部分ですが,合流する寸前で切れています。二枚目の地図の左端に,「鋼管前」電停がみえます。
 さて,この専用軌道部分の今はどうなっているのか,細い道路になっているのならば行ってみようと思うわけです。そこで,現代の地図を拡げてみると・・・・・,3枚目の地図がそれですが,なんとこの専用軌道跡が現在の産業道路になっている様ですね。一枚目,二枚目の地図の産業道路は細い道路として三枚目の地図に描かれています。しかも,合流部分は,現代の産業道路に接近していっている貨物線,これが旧産業道路の様な気がするのですが,そうなんでしょうね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015/06/22

鶴見付近の海岸電軌

Tsurumi_mapShot1Shot2 先日から連載している(えっ,連載だったのか!)神奈川県横浜市・川崎市の海岸電軌軌道。横浜市鶴見総持寺駅(京急鶴見-花月園前間にあった駅)から川崎市大師駅(現在の京急大師線川崎大師駅)までを結んでいた路面電車です。1925年に開業し1937年に全線廃止された電車。先日は川崎側,現在の京急大師線産業道路駅付近の遺構についてルポしましたが,今回は横浜側,鶴見付近の遺構についてまずGoogle mapで見てみましょう。
 例によって地図と航空写真です(それぞれ,クリックすると拡大します)。地図でははっきりしませんが,航空写真では京急本線の線路際に結構大き目の公園があるのが分かります。地図では名称が書いてありませんが,「本山前桜公園」というそうです。本山というのは,石原裕次郎の葬儀が行われた曹洞宗の大本山「総持寺」のことです。この公園の位置に京急本線の「総持寺駅」があったのですが,京急本線は高架化され駅の跡は全くありません。そしてこの公園こそ,海岸電軌の総持寺駅があったところです。ちなみに,JR鶴見線(当時の鶴見臨港鉄道)には対応する位置に「本山駅」がありました。その遺構(ホーム跡)は今でも残っていて,鶴見線の電車に乗ればここがそうだったんだと分かります。
 さて航空写真を見ると,この公園から東の方へカーブを描いた家の連なりが目に付きます。どうみても鉄道の跡ですね。この家の連なりの先は,鶴見川を渡る道路橋があります。JR鶴見線の鉄橋の一つ上流の橋です。この橋は「臨港橋」という名前だそうで,ここを海岸電軌が渡っていました。特に港もないこの位置の橋が「臨港橋」というのは,京急の手を離れ海岸電軌が吸収合併されてこの軌道をしばらく維持していた鶴見臨港鉄道(今のJR鶴見線)の名前から来ています(三番目の航空写真で,赤く塗った部分が総持寺駅址と鶴見川を渡るまでの海岸電軌廃線址だと思われます)。
 さて臨港橋を渡ってその先で産業道路に合流します。おそらくそこから先が産業道路上の路面電車(併用軌道)になっていたと思われます。
 この旧総持寺駅付近の古い地図というと,横浜市がネット上で公開している「三千分の一地形図」というのがあるのですが,残念ながら鶴見の地図は昭和26年=1951年版が最古で,既に海岸電軌が廃止されて14年も経っている年代のもので,海岸電軌の線路の記載がなく,実際のところどの位置まで専用線であったのか分かりません。
 川崎側は,前の記事で掲載した川崎市の「三千分の一地形図」により明らかに産業道路への合流地点が分かります。しかし川崎市はネットでこの地図を公開していないので,地図を見たければ川崎市立図書館(それも武蔵小杉の中原図書館だけ)に行かなければなりません。
 さて基本的に産業道路上の路面電車であった海岸電軌ですが,路線中にもう一箇所,専用線であった箇所があります。川崎市の三千分の一地図で線路をたどっていった結果分かった地点で,鶴見側から行って富士電機前停留所の先,鋼管前電停当たりです。
 今度はそこへ行ってみたいと思っていますが,梅雨のこの時期,自由に動ける週末は雨がちなんですよね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

«格安な旅行先のリスト