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2014/08/18

南武線川崎河岸貨物線の市場専用線へ行ってみた

 以前,南武線の川崎河岸貨物線の川崎中央市場への分岐線について書いた事がありました
Bank1 この時は,GoogleStreetViewを使ったバーチャル探訪でお茶を濁し,特に遺構も無いらしいからと実際に現地に行く事は避けていたのですが,このお盆休みにとりあえず現地へ行ってみました。
 JR南武線尻手駅からほんの5分程,国道一号線を北へ歩いていくと,一号線に開いている市場の門が見えてきます(最初の写真)。土曜日とはいえ盆休み中の休日ですから,川崎市南部市場も閑散としたものです。

Bank2 市場の門を通り過ぎ,以前の記事でStreetViewで通った(バーチャルですけど)通りを西の方に進み,StreetViewで見た光景を眺めつつ,市場の西の終わりまで行きました。市場への専用線はこの西の端から市場の中に入っていたのです。まあ遺構は無いだろうからと思っていたら,市場の一番西の端に,怪しい空き地がありました。前の記事で,「専用線はここら辺から奥の方へ入っていた」と書いた写真のもう少し右,そこに雑草に覆われた細長い空き地があったのです。これが専用線の跡だと思ってしまいたいわけですが,しかしこの場所,GoogleStreetViewで見るとトタン葺きの鉄工所のような建物が建っていました。2014年8月のStreetViewで見る限り鉄工所があります。ところが,実際に行ってみるとそんな建物がありません。隣のマンション(これもStreetViewでは写っていない)との間が,ちょうど線路がありましたと言わんばかりの空き地になっているのです。鉄工所が立ち退いてその場所にマンションができたけれど,市場とマンションの間が空いてしまいましたという雑草に覆われた空き地。それを線路跡の遺構と言っていいのかどうかちょっとためらいます。
 その後,GoogleEarthの現代の航空写真と昭和30年代の横浜市三千分の一地形図を重ね合わせる機能を使って調べてみると,やはり前回の記事の位置,青い建物の左側の空間に線路は入って行った様です。青い建物の右側のこの空き地は,鉄道線路とは関係無かったんですね。

Bank3 さてこの位置から180度振り向くと,写真のような道路になっています。昔の地図を見ると,この道路付近,というより空地部分の端に専用線が走っていた様です。この広場はGoogleStreetViewでは建物が建っており,市場の倉庫や駐車場に使われていた様ですが,現在は写真の様に完全に空き地になっており,写真の右奥にまだ真新しい幸警察署が見えています。

Bank4 この道路を奥の方へ歩いていくと,まだ入居が始まっていない建ったばかりのマンションに突き当たります。StreetViewでは広い空き地になっていた場所です。そこから左に折れると,川崎河岸貨物支線跡である「さいわい緑道」に出て、少し緑道を北へ歩くと,前の記事で川崎河岸貨物線と市場への専用線が分岐する場所だろうと言った横断歩道に出ます。

Bank5Bank6_2 この横断歩道付近から矢向駅方向,それはとりもなおさず市場方向を見た写真が左の写真です。まだ入居が始まっていないマンションが左半分を占め,右端が緑道です。この付近から分岐した市場専用線は建てたばかりのマンションを突っ切って奥の方へ向っていた様です。次の写真は反対に横断歩道の南側から川崎河岸方向を見たところです。右端に特徴的なギザギザの屋根を持つ(実際は建物サイドの飾り壁で,屋根ではないんですけど)丸い建物,社会福祉法人セイワ(Google mapより。現地の表札を見るとそんな名前ではなかったが,忘れてしまった。)の建物が見えます。
 川崎市南部市場からこの分岐点まで歩いてみて,地図上で眺めていた感覚よりかなり短い専用線だったんだという感じを受けます。
 この専用線はどのように運営されていたんでしょうね? なにしろ,南武線本線に向かって分岐している,したがって南武線本線の矢向駅方面から市場専用線に入るには,スイッチバックしなければならない。ひょっとしたら船で川崎河岸へ運んできて,川崎河岸から市場へ荷物を送るという使い方をしていたのかしらとも思ったりします。

Bank7 さてちょっと寄り道して,国道一号線の反対側,南河原公園に寄ってみました。ここら辺りは幸警察署も含めて,昭和30年代の横浜市三千分の一地形図では沼地として描かれていた所です
 現在のGoogleMapでも,たった一つだけですが池が描かれていて,昭和30年代の面影がありはしないかと思ったのですが,その池は近代的な噴水を持つ全くの人工池で,残念ながら当時の沼地の印象は全くありませんでした。

Bank8 この南河原公園の北は,そのまま「さいわい緑道」つまり川崎河岸貨物支線になっています。緑道を北へ歩き,左の写真付近で一本の緑道が扇形に広がるのですが,写真ではあまりわかりませんね。ここから単線で矢向駅からやってきた線路がいくつにも分岐して,川崎河岸貨物ターミナルを形成していた訳ですね。

 JR川崎駅に横付けした旅客ターミナルである川崎駅と対をなす,南武鉄道のもう一つの川崎ターミナルが川崎河岸貨物駅です。ここから1本の線路がさらに北に伸び,府中街道を渡って多摩川の河原に達し,その線路の両側が掘り込みになっていて貨物を鉄道から船に積み替えて東京湾へ出て行ったという貨物ルートが出来上がっていた訳です。
 今回の探訪では,GoogleStreetViewに写っていた鉄工所が無くなっていたり,建物のあった場所が空き地になっていたり,空き地だった場所にマンションができていたりと,現行のStreetViewの映像さえ書き換える必要のある程の変遷があったわけです。郊外都市部の移り変わりの早さといったら,StreetViewさえ追いつかない。こんな場所での廃線跡の探訪,遺構の探訪など,ほとんど絶望的である様に思われます。

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コメント

初めまして。
はまれぽというWEBマガジンに、横浜・川崎市境を歩いてかつての東芝の跡地にできた天然湯へ歩いていく記事があるのですが、そこでの写真を見るとダスキン矢向支店近くの川崎市場の南西端にアヤシイ空間が残っているようです。古い地図の市場専用線のいちばん南側の部分です。

投稿: 伊 謄 | 2016/12/19 17:10

伊 謄さん,コメントありがとうございます。
はまれぽは私も時々拝見しています。
この記事は知りませんでした。
川崎市場のダスキンの前あたりは,確かに市場専用線の終点あたりです。
終点あたりは,線路は二本に別れていた様です。

投稿: Alice堂 | 2016/12/25 08:28

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