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2016/04/30

市松模様に決まったエンブレム

Emblem 4種類の案が出ていた東京五輪のエンブレム。市松模様のA案に決まりましたね。
 色とりどりの五輪色の案が並ぶ中に,日本的な紺色一色のエンブレムは,地味に見えましたが,私は好きでした。第一,これならば他のどんなデザインにも似ていない様に思います。
 このエンブレム,オリンピック用とパラリンピック用があるわけですが,実はこの両者は全く同じ枚数,
45枚の3種類の四角形でできている事,さらにその四角形の角度も全て同じである事が明らかにされました
 従って,オリンピックのエンブレムからパラリンピックのエンブレムへ,四角形を回転する事無く移動させる事で変化できるのです。
 これはもう紙ベースのポスターでなく,電子ポスターにするしかありません。街中にある巨大スクリーンに,変化の動画として映し出すべきエンブレムです。

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2016/04/29

横浜市日吉のアピタは,移設だった・・・・・

Apita_2

 まったくローカルな話題で恐縮です。
 横浜市日吉に40年前,サンテラス日吉としてオープンし,途中アピタ日吉店に名称変更されたショッピングセンターが,2015年11月29日に閉店しました。しかしサンドイッチのサブウェイだけはずっと営業していました。サブウェイの近くに,いくつかの医院の看板もまだ出ていたので,これら医院も営業していたのかもしれません。
 それが,近所に住んでいる知人から,2016年3月末で完全に閉鎖になったと聞きました。
 経営母体のユニーグループホールディングスはファミリーマートと経営統合し,ユニー・ファミリーマートホールディングスになる事が決定され,それに伴って店舗整理も行われたわけかと思っていました。
 ところが同じ知人から,2ブロックだけ綱島寄りの旧松下電工跡地に移転するだけだと聞きました。この広大な工場跡地には,米アップルコンピューターが研究所を開設する事は以前から報道されていましたが,商業エリアができてそこにショッピングセンターが入り,それがアピタだという事は知りませんでした。
 以前は日吉の名前が付いていましたが,今度は綱島東店になるようです。確かに今度の住所は綱島東4丁目ですから,綱島の名前が付くのでしょう。道を挟んだ北側の店は,日産のディーラーをはじめとして日吉の名前が付いているのですが,道から南側は綱島だという事のようです。
 以前コストコが来るという噂で,それを見込んで衣料品店「しまむら」が近所に進出してきたという噂があった旧松下電工跡地ですが,そのうわさは全くのガセネタであったようです。この再開発地区,既に建物が建ちつつあります。

(写真はGoogleStreetViewより拝借しました。)

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2016/04/28

「地下鉄が本牧まで延びないのは,本当は誰が反対しているのか?」

Minatomiraisen ネット上に「横浜・川崎・湘南のキニナル情報が見つかる!WEBマガジン」と銘打った「はまれぽ」というサイトがあります。
 その中の企画に「みんなのキニナル」というのがあります。これは横浜・川崎・湘南地域で,普段から気になっている事を投稿し,WEBマガジンのスタッフが調査して投稿者の気になる事を解き明かしていくという企画で,皆さんの気になる投稿を読んでいると,「たしかにそれは気になる」というものが多く,私も愛読者です。
 そんな中に,「地下鉄が本牧まで延びないのは,本当は誰が反対しているのか?」というトピックがありました
 そのトピックの結論としては,確かに一部に反対(まさに家の下に地下鉄ができる住民など)はあったものの,待ち望んでいる人も多い事,しかし地下鉄関係者(市や都市交通審議会など)の予測では,本牧に地下鉄が伸びても採算が取れない見通しだからというのが本当のところらしいです。
 ちょっと気になるのはその事ではなく,その記事の最後に,地下鉄で採算が取れないのならば,LRT(Light Rail Transit),つまり近代的な路面電車を敷いたらどうかという「はまれぽ」の記者の意見があった事です
 鉄な私としては,それが実現されれば真っ先に乗りに行くものと思いますが,一方,今の時代,線路と架線などの施設のメインテナンスが必要である鉄道を新たに敷くことが,果たしていいのかどうか疑問に思っています。
 環境の事をいうのならば,ハイブリッドバスというのもあり,また電気バスだって出来ない事はないでしょう。それらに比べて,やはり鉄道は高くつきます。
 いまLRTは各地で計画されていますが,残念ながら,「その計画,バスではだめですか?」と思ってしまいます。鉄道の利点は,速度や輸送力にありますが,路面電車ではどちらもバスと同程度です。私の中では,今バスでとりあえず間に合っているのなら,この先もバスでいいのではないかという思いがあります。趣味的には,LRTができてほしいと思うんですが・・・。

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2016/04/27

パソコンが使えない新入社員が増えている?

Pc  「パソコンを使えない新入社員が増えている」という記事がNET上にありました。昨今の若者は,ネットへのアクセスにはスマホを使うので,パソコンを使う機会も無く社会に出る者が多くなったという事です。
 高校や大学でもパソコンを使わないというのは,ちょっと想像がつかないのですが,そんな者がいてもおかしくはないご時世だとも思います。入力はフリック入力,キーボードを使うのは苦手だという事はありえるでしょう。
 しかしフリック入力などは,パソコンでも適当なソフトを組み込んで,タッチパッドを使ってできると思われ,文字入力のために無理してキーボードを使う必要もないでしょう。
 エクセルやワード,パワーポイントなど,パソコン上の定番である特定のソフトを使った事がないという事もありえます。Windows機に触れた事がなく,Mac使いだったという事もあるかもしれません。その点は周りの大人も大目に見なければなりません。Officeを覚えた上で入社している者は結構特殊かも。まあそれらソフトは,一通りなら簡単に覚えられます。
 まあ,サーフェイスの様などっちつかずの機種を導入すればいいのかもしれませんね。そう考えると,どっちつかずOS,8以降のWindowsの価値というのが輝いてきます。タッチパネルしか使った事のない若者のおかげで,何のメリットがあるのかと言われている「どっちつかずWindows」の価値がわかってきます。そこまで考えていたとしたら,恐るべしビル・ゲイツwww。

(写真は,フリー写真素材サイト「足成」より。)

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2016/04/26

大倉精神文化研究所の施設跡

Okura_mapOkura_old1Okura_old2Okura_old3 昨日横浜市大倉山界隈の歩き回りを記事にしましたが,最後は大倉山精神文化研究所へたどり着きました。
 創立から84年を数える同研究所のホームページには,かつての研究所施設のマップと古い写真が置いてありました。同研究所は,現在も残る本館だけではなく,寮,住宅を初めとして武道場や神社,喫茶店など,いろいろの施設があったようです。これは,研究所の敷地全体で,一つの完結した世界を作ろうという意図があった様です。
 先日の散歩の帰りに研究所に立ち寄ったとき,これらの跡地もみてきましたので,昨日の追補として紹介します。
(地図や写真は,クリックすると拡大します。)

1.研究所西側にある広場ですが,この奥に富嶽荘という寄宿舎がありました。戦後すぐ,GHQによって接収された慶応大学の寄宿舎の代わりに,慶応の大学生の寮になった事もあったそうです。左手には喫茶室などもあった様ですね。

2.上の写真の反対側,崖の上の広場ですが,大神宮がありました。これは研究所ができる前からこの地に建っていた村社「神明社」を研究所の「大神宮」としたものだという事です。この左側の崖下を見ると,かなり急な坂と舴平された場所が見えます。それがおそらく,小さな一戸建てが6戸建っていたという小宿舎の場所と取り付け道路(坂道)だったのだと思います。ところで,昔からある太尾村の村社ならば,今でも祭られていてよさそうなものですが,昭和33年に周辺の5社と合祀されて,場所を移転して太尾神社になっているそうです。研究所の狛犬や手水鉢などが,現在でも太尾神社に残されているそうです。

3.これは研究所建物の東側の冊の中の広場ですが,ここが武道場だった場所だと思います。

 これらの広場に昔の建物の礎石など,痕跡が残っていないかなと思いましたが,何も無いみたいですね。研究所の昔の地図がなければ,ただの空き地でした。 

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2016/04/25

横浜市大倉山界隈を散歩

 このところ,樽町菖蒲園師岡熊野神社東横線綱島−大倉山間の線路移設跡など,横浜市大倉山界隈を散策していましたが,ついでに大倉山精神文化研究所の周りを散歩しました。

Okura1 東横線線路移設跡探訪のついでにという事で,大倉山北側からアプローチ。大曽根第三公園(熊野神社の「ちの池」跡は第二公園で,別物)の近所で,なんと相模鉄道の電車を発見しました(最初の写真)。大乗寺という寺の駐車場際の平の中(つまり寺の中)に置いてあったもので,運転席部分しかありませんでした。どういう経緯で大乗寺がこの運転席部分を譲り受けたのでしょうか? そういえば,平成19年には,相鉄の電車がこの辺にやってきます。東横線への乗り入れは日吉駅からとなりますから,大倉山辺りでは東横線とは別線になっている筈です。既にこの乗り入れ工事も,数年前から日吉駅周辺で始まっており,綱島の温泉施設「東京園」も,新綱島駅(仮称)建設のために長期休業に入りました。東京園の敷地の一部に,新綱島駅施設がかかる(地下駅として)らしいです。東京園敷地は建設基地として使われるそうです。

Okura2 さて大乗寺から南へ上り,大倉山梅林の中に入ると,丘の上に小さな社または祠らしい建物が林の中に見えています。地図を参照すると「東横神社」と書いてあります。近くへ寄ってみましたが,柵で囲われ,こちら側からは境内に入る事はできない様です。しかも木々の為に,祠の全貌は見えません。
 あとで調べてみると,大倉精神文化研究所のホームページの「東横神社」の項に,「昭和14年(1939)6月22日、東京横浜電鉄・目黒蒲田電鉄両社社長五島慶太が両社の発展に貢献した功労者の霊を慰めるために造営し、伊勢の神宮より本体を遷座した。」とあり,現在も東急の所有で一般公開されていない神社の様です。そもそも大倉山梅林は,東急の前身,東横電鉄が作った梅林で,今は横浜市に売却され横浜市管理の梅林になっていますが,この神社境内だけは今も東急の所有という事なのでしょう。

Okura3Okura4 大倉山梅林の中や周辺をウロウロ歩いていたら,その東横神社の表玄関に出くわしました。なかなか立派な玄関で,さっきの社はこの奥に遷座しているようです。さすがに東急がしっかり管理しているようで,中へ入る事はできませんが冊から覗くと,きれいに整備されている様子がうかがえます。この門からも先ほどの社は見えません。外周の公園の歩道を奥へ入ってみても,木々で隠れて社のほんの一部しか見えません。あくまでも一般には見えない本殿でした。

Okura5_labouraOkura6_laboyokoOkura7_laboshomen さて,そこから大倉山精神文化研究所へ向かいます。研究所の裏からのアプローチ。横を通って正面に回りました。いつ見ても立派な建物ですね。昭和7年,1932年に竣工した建物です。東洋大学の学長なども務めた大倉邦彦によって創設された研究所で,人文科学,社会科学の研究所です。1936年には文部省所管の財団法人になり,制度改革により現在は公益法人となっているそうです。研究所は今もこの建物の中で活動中ですが,敷地は横浜市に売却され,建物は同じく横浜市に寄贈されていて,この建物の中でコンサートや集会などが開かれています。
 この研究所のホームページは,この界隈の昔を知る為のバイブルのようなもので,大倉山にこの研究所があるおかげで,この地域がより興味深いものになっています。
 さてここから坂を下れば大倉山駅です。それ程長い距離を歩いたわけではありませんが,なにしろ山坂が多く,結構いい運動になりました。

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2016/04/24

スターバックスのカンタロープメロン&クリームフラペチーノ

Flapetino 気候も暖かくなり,そろそろフローズンドリンクの季節だ・・・,という事で,スターバックスでカンタロープメロン&クリームフラペチーノを食して来ました。
 このフラベチーノ,上からホイップクリーム,メロン味のスムージー,メロンジャム?,パンナコッタとなっています。
 ホイップクリームは甘くないので,すぐ下のメロン味のスムージーと一緒にいただく事になります。メロンジャム?は果肉入りです。細かくなっているので,その下のパンナコッタと共に,付属の太いストローで吸う事ができます。
 美味しかったですが,Tall一種類しかなく,680円(税込み)と高いのが難です。
 ところでカンタロープというのは,赤肉種のメロンの種類だという事です。フラベチーノの色を見ても,確かに赤肉種ですね。

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2016/04/23

ゆとり世代の学力低下はウソだった?

Yutori 「ゆとり世代の学力低下はウソだった」という記事がネット上にありました
 ゆとり世代の知人も多いのですが,ゆとりを実のある事に使ったという,当時期待されていた通りの人たちがいます。
 そんな人たちがそろそろ頭角を表わしはじめていて,この世代,もう少し経つと,他の世代より同世代内の格差が大きくなる世代なのかなと思います。
 「学力」が重要なのではありません。ゆとりを遊んで過ごした人と身のある事に使った人は,私の中では同じ括りです。遊びもしなければ身のある事に使いもしなかった人,せっかくのゆとりを無為に過ごした人には,これから厳しい時代が始まります。

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2016/04/22

東横線綱島-大倉山間の線路移設跡に行ってみました

Kyusen1Kyusen2Kyusen3Kyusen4 昨日の綱島-大倉山間の東横線線路移設の話,その現場に行ってみました。
 最初の写真では,写真右側を東横線が走り,左側の道路がいい具合にカーブしていて,鉄道廃線ファンならば「これが廃線跡だ」と思うのですが,さにあらず。これは廃線跡の東側(左側)の側道で,線路があった時代から道路でした。しかも昔の地図と今の地図を比べてみると,写真の地点では,まだ線路は現在の位置と変わっていないようです。
 次の写真は何の変哲もない道路ですが,この右側の家並みの部分またはさらにその奥に,この道路と並行に線路があったようです。現在では住宅になっており,何の痕跡もありません。
 この道路とかつての東横線は,以前紹介した「ちの池」のすぐ西側を通っていたようです。以前紹介したように,「ちの池」の西側半分,つまりこの道路および旧東横線の側は住宅になっており,「ちの池」の現在の姿,大曽根第二公園がこの道路から見えるわけではありません。池跡に建った住宅がみえるだけです。
 次の写真は大倉山駅手前の東横線を跨ぐ陸橋から渋谷方を見た写真です。線路右側に草地が見えますが,これは旧線跡のようです。この草地の向こう側で目立つのがマンションのビルですが,その手前に低層の白い建物が見えます。これは東横線の変電施設らしく,旧線跡を利用しているわけですね。
 次の写真は,旧線跡の草地と変電施設の敷地をまえの写真とは逆に渋谷方から見たところです。奥の方にちらりと見える陸橋から,前の写真を撮影しました。
 というわけで,東横線旧線の跡としては,大倉山駅手前の草地と変電施設がかろうじて残っているという状態の様です。かつての側道を歩いてみても,あまり鉄な雰囲気はありませんでした。まあ線路跡そのものというわけでなないし,線路跡も住宅地に飲み込まれてしまっています。東京近郊では,まあそんなものでしょうか。

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2016/04/21

東横線の不思議な線路

Konjyaku_map 最近,横浜市綱島樽町の菖蒲園探しに端を発し,その付近の師岡熊野神社訪問など,綱島から大倉山にかけての地域について昔の地図などをみています。
 そうしたら,ある地図で東横線の線路が不思議な形をしているのを発見しました。綱島−大倉山間の線路で,鶴見川を渡り,さらに南に行ったあたり,線路が二股に分かれているのです(上の地図参照。地図はクリックすると拡大します。この地図は,今昔マップという埼玉大学教育学部 谷 謙二さん(人文地理学研究室)のサイトにある地図です。現在の地図と昔の地図,しかも年代の異なる昔の地図を同時に表示できるという優れものの地図サイトで,昔の場所が現在どうなっているのかを調べるとき,大変重宝する地図サイトです。)
 これは1944~1954年の地図ですが,それより前,1927~1939年には右側の線路しかありません(ちなみに,線路がカーブした部分の右側の池が,熊野神社の「ちの池」です)。そしてそれより後,1965~1968年の地図では,左側の線路しかありません。そして現在の地図では,左側の線路だけが存在します。
 この区間,どうも東横線の線路が移設された様ですね。つまり地図上で右から左に線路の位置が変わったわけです。
 では両方の線路が書いてある地図は? まだ旧線の痕跡が残っていた時代の地図だとも考えられますし,一時期両方の線路があったとも考えられます。つまり例えば,工事の都合で,まず上り線が新線を使い,下り線は旧線を使っていた時代があったとも考えられます。

(地図は,時系列地形図閲覧サイト「今昔マップ on the web」((C)谷 謙二)より拝借しました。)

<追 伸>
 ここら辺の昔の情報は,大倉山の山の上にある大倉精神文化研究所の情報が充実しているという事で,同研究所のホームページを調べてみました。
 同研究所のこの記事の「東横線」の項目に,「大倉山駅の北側は東に大きくカーブしていたが、昭和15~16年頃に線路を付け替えて、直線化した。」という一文を発見しました。

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2016/04/20

菖蒲園跡にも行ってきました

Shobuenmae_crossMiyagawa_seisakusyo_2Shobu_koen 以前紹介した横浜綱島樽町の菖蒲園。この菖蒲園跡へ行ってきました。
 説明は以前の記事に譲って,今回は写真だけで紹介します。
 最初の写真は,「菖蒲園前」交差点。この北東側角の三菱自動車販売店とその奥の宮川製作所という工場が,かつての菖蒲園の様です。
 次の写真はその宮川製作所。工場の前の広場が,ちょっとかつての菖蒲園を想像させます。
 ついでに,菖蒲園ではなかった,現在の樽町しょうぶ公園の写真も貼っておきます。綱島駅方向から綱島街道をすすみ,菖蒲園前交差点の三菱販売店の角を左折して販売店の斜め反対側にあります。以前はたんぼだったところですね。
 今となっては菖蒲園の面影も無く,ここら辺だったというだけのルポでした。

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2016/04/19

熊野神社に行ってきました

 先日紹介した師岡熊野神社に行って来ました。
 東横線大倉山駅から綱島街道を歩いて大きな熊野神社と書いた石碑の所を東へ入ると,熊野神社と「いの池」の前に出ます。以下,写真を主にルポします。
(写真をクリックすれば,拡大します。)

Kumano11.「いの池」。池の形が「い」の字に似ている事から「いの池」とよばれています。中央に弁財天を祭ってあり,水神社の小さな社があります。写真右側に写っている社です。熊野の神が誤って弓で片目を射られた時,池の鯉の目をくりぬいて代用したため,それ以来この池の鯉はすべて片目になってしまうという伝説があります。

Kumano22.そこから道を挟んで振り返ると,熊野神社の参道入り口です。ここから鳥居をくぐり階段を上った所が神社です。

Kumano33.師岡熊野神社の社殿。奈良時代,神亀元年(724)全寿仙人が創立したという古社です。写真は左から覆殿・幣殿・翼殿となっており,平成17年に完成した新しい社殿です。正面はガラスの自動ドアになっています。江戸中期,正徳2年に建てられた本殿は,左側の覆殿の中に収まっています。

Kumano44.本殿裏の「のの池」です。1000年以上前からある池で,神社の神事にはこの水を使います。640年くらい前に落雷で社殿を焼失した際,御神体・宝物類を全てこの池の中に入れて焼失を免れたという古い記録があるそうです。

Kumano55.「のの池」のアップです。池を木材が取り囲んでいる様ですが,これは石柱のようです。

Kumano66.「のの池」と並んで,いくつかの境内末社があります。写真は「のの池」の向って右側に並んでいる天満社,日枝社など。

Kumano77.「のの池」の向って左側にある神明社。その前から写真左側に続く階段が,熊野神社背後の権現山に上る階段です。

Kumano88.権現山へ上る階段。もう少しで頂上の広場に着きます。

Sankakuten9.権現山へ至る階段の途中にある三角点。まともに三角点を見たのは初めてです。

Gongenyama_hiroba10.権現山の頂上広場。東屋があります。

Hiroba_gakesitajyutaku11.権現山広場のすぐ北の先は崖になっていて,その先に住宅地が広がっています。昔は北に向ってもっとなだらかに下っていたらしいのですが,山裾を削平して住宅地をつくったようですね。だから権現山の北の先は,崖になっています。

Kaizuka12.権現山広場の東側の一角が,師岡貝塚となっています。保存状態の良い貝塚で,横浜市域では類例の少ない中期前半の貝塚として学術的価値が高いものだそうです。

Ooido13.権現山から境内にもどり,覆殿の脇を通りました。覆殿の中に,江戸中期築造の本殿が納まっています。

Sinmeisha114.熊野神社を出て,東側の坂を上り権現山のすぐ下の崖中腹を通る細い道から北側を覗くと,樽町上組神明社が見えます。鳥居と小さな社殿が見えます。この神社は,昔の地図を見ると,権現山北斜面に建っていた様ですが,いまでは権現山崖下のコンクリート製の人工地盤の上に建っています。

Jyutakuchi15.同じく,カメラを少し上に向けて住宅地の方を見たところ。

Shinmeisha_kaidan16.崖下の道から住宅地へ降りて,神明社の下へ行ってみました。樽町上組神明社へ上る階段です。

Shinmeisha_enkei17.神明社の下から見た全景です。神社の下はガレージになっています。鳥居の上に二〜三本の空色の棒でできたようなガードレールが分かるでしょうか。これが先ほど神明社を上から撮った道路です。その上数メートルのところが天神山頂上広場で,広場からこの道に降りる正規の道はありませんが,おそらく降りる人がいるのでしょう,ちょっとした道ともいえない道ができています。しかし,それを使うのはちょっと危険です。

Aikokusha_ato18.前回の記事に書いた愛国寺の位置がこの交差点付近の様です。愛国寺は樽町上組神明社の北隣といっている文献がありますが,本来権現山中腹にあったもので,削平された住宅地の中となってしまっているので,痕跡など全くありません。

Chinoike_ato19.熊野神社を離れて,綱島街道へ出て,綱島街道沿いの「ちの池」跡へ行ってみました。水争いがあり怪我人の血で池が染まったとも,妊婦がこの池畔で子どもを生み,池に身を投げて池が血でそまったとも言われていますが,実際は,池に生えているマコモが秋になると赤みを帯びて水が赤く見えたという説もあります。この辺りまで熊野神社の境内だった様ですが,本来は農業用のため池で,二つに仕切られ,西の大曽根村への水門と東の樽村への水門があったとの事です。写真は樽村分の池の跡で,大曽根村分の池はその向うの住宅地になっています。「いの池」「のの池」「ちの池」を合わせて,「いのちの池」と呼ばれています。

 この後,綱島街道を10分程歩いて,これも前に記事にした樽町菖蒲園の跡へ行ってみました。それはまた別の記事にします。

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2016/04/18

師岡熊野神社と愛国寺のこと

Kumano_shrineAikokuji_map 先日紹介した横浜市の樽町菖蒲園の事を調べているとき,大倉精神文化研究所の「港北区の歴史と文化(シリーズ わがまち港北)」という記事を参照しました。このシリーズは,第1回からもう200回以上も続いているレポートですが,その中に師岡熊野神社という神社の記事がありました
 奈良時代,神亀(じんき)元年(724年)の創立で,1300年近い歴史を持つ神社だそうです。その昔は関東の熊野信仰の中心になっていたという古社だとの事です。
 この神社,今から数十年前,高校生の頃に行ったというか,この近所に住んでいた友人宅からの帰りに通った事があります。ほとんど覚えていないのですが,池の前を通った記憶があります。社殿などを覚えていないので,ただ神社の前を通っただけかもしれません。その頃は,通りかかった社寺にお参りするという事もめったにありませんでした。
 今回記事を読んだ事をきっかけに,そのうちこの神社へ行ってみたくなりました。
 この神社は権現山という低い山の南斜面中腹にあります。その背後の権現山は,横浜市の市民の森に指定され,頂上に東屋が設けられているようです。
 神社の前に,その形から「いの池」と呼ばれる池があります。高校生のころ,その前を通った前述の池です。そして社殿の裏に「のの池」という小さな池があるようです。さらに,かつて「ちの池」という池がありました。今では埋め立てられて大曽根第二公園になっているらしいです。昔はこの辺りまで,熊野神社の境内だったとの事です。
 「港北区の歴史と文化(シリーズ わがまち港北)」には,この付近にあった愛国寺という寺の事に言及したレポートもありました
 この寺は,元陸軍大佐だった栗原勇という人物が建立したもので,文字通り愛国者を育て,軍国愛国者を対象とした新興宗教的な寺だったようです。そのような性格の施設は,戦後GHQによりすぐさま取り潰されているだろうと思ったところ,どうも終戦を待たずに廃寺になっているようですね。「港北区の歴史と文化(シリーズ わがまち港北)」でも廃寺になった理由がわからず,情報を求めています。
 この愛国寺について,「港北区の歴史と文化(シリーズ わがまち港北)」では,神明社の北側にあったが現在では周りが宅地化されて場所がわからないとされています。しかし,樽町菖蒲園を探したときに参照した横浜市三千分の一地形図の「獅子ヶ谷」に,愛国寺が載っていました。この地図に載っていれば,GoogleEarthの現代の航空写真と対比する事ができます。
 その結果,愛国寺跡は確かに現在では住宅地の中に取り込まれているらしいですね。熊野神社背後(北側)の権現山北斜面の中腹にあったようですが,現在ではすっかり削平整地された住宅地になっており,いまでは何の痕跡もないようです。
 ところで,愛国寺の説明で述べた神明社は「樽町上組神明社」であり,熊野神社「のの池」の隣にある小さな祠である「神明社」とは別物です。この樽町上組神明社も権現山の来た斜面中腹にあったようですが,今では住宅地の崖の上に小さな新しい社殿を構えています。この神明社の標高も,事によったら以前とは違うのかもしれません。

(写真は,GoogleStreetViewの師岡熊野神社。こんど行ってみるつもりです。次の地図はクリックすると拡大します。)

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2016/04/17

長生きはいいこと?

Old 堀江貴史さんに「長生きはいいこと?」という質問をしたという記事がネット上にありました
 質問者は,逆に「なんで長く生きたくないんですか? 悲しいことが起きるから?」と尋かれ,それに「周りの人が少しずついなくなって,孤独にさいなまれたりするから」と答え,「周りの人として,どうして同世代しか見てないのかな」と突っ込まれています。
 これはまったっく堀江さんの言うとおりです。周りの人は同世代の亡くなっていく人だけではないでしょう。
 ただわたしは,やはりそれ程長生きしたいとは思いません。
 長生きすると,他人の世話を受けなくてはならなくなる可能性が高い。世話をお金を払ってしてもらうのも,払わないでしてもらうのも,今のところ嫌だとおもいます。
 もっと歳を取れば,もっと図々しくなれるのかな?

(写真は,フリー写真素材サイト「足成」より。)

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2016/04/16

銀河高原ビール,水増し?

Ginga_beer 岩手県で地ビール製造販売を行っている「銀河高原ビール」が,4年間で2億円あまりの利益水増しを行っていたという報道がありました
 東日本大震災の復興支援等で一時的に伸びた利益を,その後も達成していたかのように見せかけていたという事です。
 はじめ,「銀河高原ビール,水増し」というタイトルを読んで,ビールに水を入れていたという製品品質上の問題かと思ってしまいました。
 もう一つ勘違いしていたのは,このビール会社が日本ハウスホールディングス傘下という事で,バーモントカレーのハウス食品の傘下企業かと思っていた事です。日本ハウスホールディングスというのは,かつて東日本ハウスという名称だった,岩手県と東京都に本社を置く建設会社だそうですね。「銀河高原ビール」は初めからこの会社の傘下として誕生したようです。
 今回のような水増しは最近でもよく聞く話ですが,はやり上からの締め付け,親会社からの締め付けなどがあったのでしょうか? 業績を親会社によく見せる必要性でもあったのでしょうかね。

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2016/04/15

熊本県で震度7の地震が発生

Kumamoto_castle 4月14日9時26分頃に発生した熊本県を震源地とする地震,震度7という事で,かなり大きな地震でした。
 横浜北部の我が家でも,かなりゆれました。どういうわけか我が家は横揺れには強く,世間で地震だとツイートしているときもあまりゆれないのですが,今回は縦揺れが入っていたようで,かなり揺れました。
 亡くなった方もいるし,15日の朝現在,まだ瓦礫の下に閉じ込められている方もいて,こんな事を言うのは不謹慎のようですが,地震の規模の割には現状報道されている被害は少ないように感じます。
 今回は内陸部の地震で,津波の発生がなかった事も被害を少なくしているのだと思います。それを考えると,今そんな事をいってもはじまらないのですが,東日本大震災で,津波さえ起こっていなかったら・・・・・と思わざるを得ません。

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2016/04/14

次のサクラの季節に・・・

 東京地方は,一般のサクラの花も散って,そろそろ次のサクラに移りつつあります。
 遅咲きで,一般のサクラが散ると同時に開花するのは八重桜。
 写真はウチの近所の八重桜です。
 目黒川沿いの中目黒辺りには,八重桜が植わっている区画があります。前に紹介した目黒川沿いのサクラ見物のときは,まだ花は全くなく,何の木なの?という感じだったのですが,今はさぞきれいに咲いている事でしょう。

Yaesakura

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2016/04/13

横浜市綱島の菖蒲園

Shobuen

 知人宅へ行くために東横線を横浜市の綱島駅で降りて,鶴見行きの臨港バスに乗り換えます。綱島街道を走って鶴見川を大綱橋で渡り,しばらくして左折するのですが,左折したところ気になる停留所があります。「菖蒲園前」という停留所です。左折するT字交差点も「菖蒲園前」という名前が付いています。
 この「菖蒲園」というのは,このバスに乗るたびに気になっていました。
 菖蒲園前という交差点とバス停があるからには,近くに菖蒲園があるのだろうという事で地図を調べたのですが,きちんと「菖蒲園」という名の施設はありません。しかしバス停の前に「樽町しょうぶ公園」という公園があります。しかしこれはどう見ても菖蒲園というイメージのものではなく,滑り台やブランコや砂場や鉄棒がある,子ども用の普通の住宅地にある広めの公園です。
 ということで,「綱島 菖蒲園」でネット検索してみると,出てきました。どうやら菖蒲園は,この付近にかつてあったというものだったのです。
 東急電鉄が沿線観光施設として大倉山の梅林などと共に作ったのが,この「菖蒲園」です。昭和8年(1933)に開園。水田4000平米に5万株のショウブが植えられていたそうですが,3年で閉園してしまったそうです。
 なるほど,その跡が「樽町しょうぶ公園」なんだ・・・と思っていました。ところが,どうもそうじゃないらしいのです。
 以前もこのブログで,横浜市がネット上で公開している「横浜市三千分一地形図」を紹介した事がありますが,そのシリーズのこの辺りの古い地図として昭和15年版というのがあります。菖蒲園の閉演は昭和11年頃のはずですから,この地図が出版された時点ではすでに閉園していたわけですが,それらしい鍵形の池が見て取れます。その手前に小さな池があり,小さな橋もあったようです。ちょうど菖蒲園前交差点の辺りです。しかし現在の樽町しょうぶ公園の道を挟んで反対側です。
 地図上には「菖蒲園」の記載はありません。しかしいかにもそれらしく,また辺りは他に田んぼしかないようですから,まずこれで間違いないのではないかと思います。この場所は,いまでは三菱自動車の販売店になっています。
 菖蒲園の菖蒲というのは花ショウブの事でしょうから,その花の時期は梅雨の頃で,近々この辺で菖蒲見物ができるかと思っていましたが,それはかなわないようです。

<追 伸>
 綱島から一つ目,大倉山駅の名前の元になった大倉精神文化研究所が連載している「港北区の歴史と文化」という文章の中に,菖蒲園についての言及を見つけました
 これによると,菖蒲園の場所は現在の樽町しょうぶ公園の道を挟んだ北側の樽町二丁目としていますので,場所的には地図の鍵形の池の位置で間違いないと思います。
 また,東急の社内報には,昭和12年にも開園した事が示されているという事で,昭和13年の鶴見川大洪水の被害により閉園したのだろうという推測も記載されており,興味深いです。

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2016/04/12

まだまだ見頃のサクラ

Hazakura 東京地方のサクラの花も,大分散って,もう葉桜の時期にさしかかろうとしています。
 写真は,近所のサクラの木ですが,花と葉が同時に出ます。それもどのサクラの木よりも早く咲いて,一番後まで花が残っています。何という種類のサクラかは知りません。

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2016/04/11

サイゼリアの888円セット

Saize888_3

Saize8882 サイゼリアの888円セット,一昨日はメニューだけでピザを紹介しましたが,その実物が上の写真です。
 いま,サイゼリアのピザに嵌っています。

(左の様に,確かに888円です。左の請求書の写真は,クリックすると拡大します。)

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2016/04/10

花びらのじゅうたん

 東京地方のサクラの花は,木の上から地上へ。
 サクラのじゅうたんの季節になりました。
 そういえば昨日,3月9日土曜日に,安倍晋三首相主催の「桜を見る会」が東京・新宿御苑で開かれたそうですが,木に咲いているサクラの花は,少し寂しいものだった様に思います。一週間早ければねえ・・・・・。

Hananojyutan

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2016/04/09

サクラも見納め?

 一昨日,3月9日の東京地方は朝から雨。
 その前日,8日の天気予報では,雨もさることながら風が強サクラの花も見納めかも知れないといっていました。
 しかし日中は,雨が降ったものの,それ程風は強くなく,サクラが散る事もないかなと思いました。
 ところが,夕方雨がやんで夜になったらにわかに風が強くなり,翌朝,道路には沢山のサクラの花びらが落ちていました。
 この風でだいぶ散ってしまったようですね。

Petal

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2016/04/08

サイゼリアの888円メニュー

Saizeria イタリアンファミレスのサイゼリアで,店によってマルゲリータのWチーズ+ほうれん草のソテー+ドリンクバーの値段が887円と888円の場合があった事を記事にしましたが,最近はトンと888円に出会いません。
 まさかこのブログを読んで注意したという事はないと思いますが,まあ結局888円は間違えなわけです(メニューでは887円が正解)。
 しかし,888という八並びがなんとなく素敵で,888円に出会わないのはちょっとさびしい。
 そこでメニューを研究してwww,888円になるメニューを発見しました(そんな大層な事ではないが)。
 それは,マルゲリータのダブルチーズをやめて,同じピザでもモッツァレラをマルゲリータの3倍使っているというバッファローモッツァレラのピザを頼む事です。マルゲリータピザ399円+Wチーズ99円に対して,バッファローモッツァレラは499円であり,マルゲリータ+99円の代わりにマルゲリータ+100円となって,しめて888円となるのでした。
 めでたしめでたし・・・・・。

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2016/04/07

タクシー初乗り,距離を縮めて料金を安く・・・・・

Nihonkotsu タクシー大手の日本交通が,東京23区と武蔵野市,三鷹市で初乗り距離を現在の2kmから1.059kmに縮め,初乗り運賃を410円とする事を3月5日に申請したとの事です
 国交省も,2kmで現状どおり730円ならば値上げではないとみなして審査を簡単にする方針だという事と,他のタクシー会社もその方向に前向きだという事で,実現する可能性が高いようです。
 初乗り距離を縮めてそれに安い料金を設定すると,老人が短い距離を乗る可能性があります。タクシー運転手さんから,極端に短い距離を乗る乗客は上客だと聞いたことがあります。まあ短くても730円取っていたものが,410円になるというところがこれまでと違うところですが,その分乗客が増えれば結構な事だとおもいます。

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2016/04/06

弁当の禁止食材

Charaben 幼稚園の弁当に,禁止食材が多いという報道がネット上に上がっていました
 曰く,ハムやウィンナー,練り物,デザートや果物,冷凍食品も・・・。キャラ弁禁止という所もあるらしい。
 まあ,分からないではない。ハムやウインナー,練り物は添加物云々で体に悪いものもあるし,デザートや果物は大量ならば弁当というよりおやつだし,キャラ弁はむしろママの品評会の用にならないとも限らないし・・・。
 でも冷凍食品は? 手をかけて作れという事だろうか。保育園と違う幼稚園ならではという奢りでしょうか?

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2016/04/05

自動運転車は穴ぼこだらけの道路に対応できるか

Kaminokoike ボルボの半自立走行車が米国の道路をうまく知れないのは,米国の道路が劣悪だからだと,ボルボ北米法人のCEOが語ったという報道がありました
 その記事をネットで読んで,ふと昨年の北海道旅行の事を思い出しました
 北海道旅行で,摩周湖から神の子池へ入っていくとき,舗装されていない,大きな穴ぼこだらけの道を車で通りました。もちろん穴をかわしながらクネクネと左右に車を振りながら進んでいったわけですが,そのときなぜか,自動運転車って自動的にこんな運転もしてくれるのかしらとフト思いました。
でもそんなクネクネ運転をしたのは,ここだけですからね。自動運転車が対応するとしても,普段はいらない機能です。
 そう考えると自動運転は,確かにむずかしいですね。せいぜい高速道路くらいにしておいた方が無難かもしれません。

(写真は,神秘的な青い水を湛える神の子池。)

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2016/04/04

目黒川沿いに花見に行った

 花の時期には恒例の目黒川沿いの桜並木に行ってきました。目黒から中目黒へむかって,目黒川沿いを歩きました。
 花は9分咲きといったところでしょうか。木によっては満開,ちらほらと散りつつある花もありました。
 多くは語らず,写真で紹介しましょう。
 最後の写真は目黒駅から権太坂を下り,目黒川へ行く人々です。人出の多さがわかるでしょう。

(写真をクリックすればかくだいします。)

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2016/04/03

ファミレスで,店によって値段がちがう・・・・・

Pizza イタリアンファミレス「サイゼリア」。安くておいしいという事で,私も度々利用しています。
 定番はピザ。マルゲリータをWチーズで頼みます。Wチーズというのは,通常よりチーズ量を2倍にしたもので,99円プラスとなるオプションです。
 これでは野菜が足りないという事で,ほうれん草のソテーも頼みます。カナダドライのトニックウォーターのあるドリンクバーも頼みます。
 トニックウォーターは炭酸水に柑橘類の果皮のエキスやハーブを混ぜたもので清涼飲料水で,オレンジジュースにこれを少し混ぜると,独特の苦味のある飲み物ができあがります。トニックウォーター自身が柑橘系だけあって,オレンジジュースに混ぜるのが一番おいしいと思います。赤ぶどう,白ぶどうなどのぶどう系のジュースやメロンソーダにも混ぜてみましたが,オレンジジュースには負けます。
 さてこれで締めて887円のはずですが,店によっては888円の場合があるのが不思議です。あるサイトでそう言ったら,Wチーズを通常メニュと考えるかオプションと考えるかで,100円とする場合と99円とする場合があるのではないかというお返事をいただきました。もしそうなら,店によってというよりウェイターによって違うという事になりますね。ひょっとしてウェイターの持つ端末によって違ったりして・・・・・。
 どうもメニューの金額からして887円の方が正解らしいのですが,888円の方が八並びでめでたいですね。私は888円でもかまいませんwww。

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2016/04/02

有栖川有栖の「朱色の研究」

Syuiro

 この作品は,以前から持っていて,しばしば本棚で見かけるものの,まだ読んでいませんでした。何故といわれても特段の理由もないのですが,あえて言えば,表紙が地味だったという事でしょう(現在の最新刊は,私が持っているものと表紙の絵が変わっています)。
 その作品が前後編のテレビドラマになり,時間の関係で前編だけ見て後編を見ることができなかった。それじゃあ読むしかないでしょ・・・という事で読んだ本です。
 時期が異なる,3つの事件が起こります。一つは現在,アパートの一室での殺人事件。もう一つは2年前,和歌山周参見での撲殺事件。もう一つはそれに先立つ放火とその火事による焼死事件。
 まずは教え子の女性,貴島朱美から火村先生が和歌山県周参見での事件解決を依頼されるところから始まります。
 そうこうしているうちに,火村に対してある高級マンションの一室へ行けという誰からとも判らない謎の電話がかかってきて,火村とアリスがそのマンションへ急行すると,朱美の叔父の死体を発見します。その部屋に残っていた香水の匂いが,このマンションへ急行するとき火村達とすれ違った男の香水の匂いと同じである事から,その男,六人部四朗に殺人の疑いがかかります。
 貴島朱美,六人部,マンションで殺されていた朱美の叔父,内山は知り合いで,周参見の事件の関係者でした。
 周参見の事件は,ピアノ教師の女性,大野夕雨子が別送近くの黄昏岬の野外で読書中に撲殺され,さらにその後被害者の背後のがけの上から石をぶつけられるという事件です。
 マンションの事件で,疑われた六人部の容疑を火村が晴らすのが前半(この段階では真犯人はわからない),後半は周参見に舞台が移って,全ての殺人事件の謎を解くのが後半です。
 前半に感じたモヤモヤ,「なんて犯人は面倒なことをするのか」が,全ての謎が解かれてみれば納得できて,さすがは有栖川先生だと思いました。
 これぞ本格推理小説という感じの作品でした。

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2016/04/01

きょうから4月,桜の花もちらほらと・・・・・

 あれよあれよという間に,もう4月,新年度が始まりますね。
 東京地方も,桜の花がちらほら咲き始め,新年度感を演出しています。
 まだ7分咲き程度ですがね。

Cherry_blossom

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