2017/03/27

東京大田区蒲田の「新宿糀谷村用水跡」

Rokugo_yosui

 用があって東京大田区蒲田へ行きました。
 そうしたら,六郷用水跡という碑がありました。看板には「新宿糀谷村用水跡(六郷用水分流)」とありました。
 六郷用水は,狛江市の和泉多摩川から取水し,世田谷区を通り大田区へ至る用水です。世田谷区の次太夫堀公園辺りには行った事がありました。さらに,多摩川への放水部の六郷水門に行った事があり,このブログにも記事を書きました
 六郷水門も大田区ですが,その他の大田区の用水跡を訪れたのは初めてでした。
 糀谷とは,京浜急行空港線の駅の名前にありますが,京急蒲田の次の駅です。新宿というと新宿区を連想しますが,蒲田のこの写真の場所あたりを指す様ですね。この六郷用水跡の向い側に,「新宿小学校」がありました。現在では蒲田本町という町名ですが,昔は「新宿」という場所だったのでしょうね。

Shinjyuku_sch

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2017/03/24

都市計画道路補助128号線のトンネル南出口で何が行われているのか?

Remains_sign 以前紹介した都市計画道路補助128号線の南側出口付近。桜木中学校を抜けるトンネルの北側出口はすっかり完成している様に見えるのに,南側が未だできていないという話をしました。
 今回またこの付近へ行ってみて,今トンネル南出口で何をやっているのか分かりました。左の写真が南側出口付近にあった看板です。「桜木遺跡発掘調査」遺跡発掘調査を行っているのですね。ネットで検索してみると,桜木遺跡は縄文時代の遺跡のようです。
 その発掘調査現場の写真が下の写真です。そしてそこからさらに北側に行ってみると,広場の向うにかすかにトンネルの南側出口が見えていました。この写真,塀のプラスチック部分から撮影したので,プラスチック上の汚れも写っています。
 トンネルの位置を考えると,遺跡部分は道路の掘割になって,完全に削られてなくなってしまうのだと思います。その為の遺跡発掘調査なのでしょうね。

Remains_3
Tunnel_s_end_2

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2017/03/23

蛇崩川源流探訪のほんのついでに・・・

Jieitai_crossingYakka_sekihi さて,昨日紹介した蛇崩川南側流路跡の道路から旧品川用水跡の道路に出て少し北へ歩いていくと,「陸上自衛隊」という交差点があります。この付近の左側(西側)に陸上自衛隊用賀駐屯地があるのです
 そしてこの交差点の右側(東側)に,写真の石碑があります。よく見えないかもしれませんが,「昭和薬科大学世田谷校舎跡地」と書いてあります。以前紹介しましたが,陸軍衛生材料本廠だった場所で,既に大学は玉川学園に移転し,その跡にいまでは巨大なマンションが建っています。

(写真をクリックすると拡大します。)

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2017/03/22

蛇崩川南側の流路跡

Jyakuzure_s_roadJyakuzure_s_road_end 昨日はジジ池跡を訪れた話を書きましたが,昔の地図を見ると(こちらのサイトを参照ください),ジジ池は蛇崩川の南側の支流の途中からさらに南に外れた位置にあります。この南側の支流は,ジジ池への分岐からさらに西側に上流方向の流路が伸びていた様です。
 左側の写真の道路が南側支流旧流路らしいですね。この道路上にマンホールが点々と配置されていますが,このマンホールの中から水の流れる音が聞こえています。かなり勢いよく流れている様です。蛇崩川はまだ生きているのでしょうか?
 さてこの道路を西へ進むと,徐々にゆるい坂を上る事になるのですが,その突き当たりが旧品川用水跡の道路です。蛇崩川は品川用水の漏水を湧水の形で集めて源流としていた川です。2番目の写真(クリックすると拡大します)の道路が,今歩いてきた旧蛇崩川南側支流跡の道路です。旧品川用水へ出る直前で蛇崩川下流方向を向いて撮影した写真です。わずかに下り坂になっているのがわかるでしょうか?
 この道路に直行する道路を見ると,この道路の右側も左側も上り坂になっています。当然蛇崩川跡の道がこの辺り一番の低地になっているわけです。

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2017/03/21

世田谷区蛇崩川のもう一つの源流池,ジジ池跡

Sinmachi_park 新玉川線の当初計画が,蛇崩側上を高架で通過するという話に端を発し,蛇崩側源流のババ池跡を訪れた話を以前書きましたが,今回もう一つの源流池であるジジ池跡を訪れました。
 ジジ池跡は,田園都市線桜新町駅北側の世田谷新町公園となっています(写真)。
 確かにこの公園の辺り,桜新町駅付近に比べてわずかに低地になっています。まあ池の痕跡は,公園内の人口池(川?)以外には何もありません。
 ジジ池はかつてあった品川用水のすぐ北側の低地にあって,ババ池同様,品川用水からの漏水を貯める為に作られた池のようです。この池からの流れは,北側で蛇崩川の南側支流に合流します。

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2017/03/19

蛇崩川の終端部は・・・・・

Nakameguro_jyakuzure 中目黒に行った機会に,先日から何かと話題にしている蛇崩れ川の終端を見てきました。
 蛇崩れ川については,現在の田園都市線地下部分,旧新玉川線(旧と新が重なって,なんだか変ですが・・・)の初期の計画線が蛇崩川の一部区間の河川敷上に高架線を作る計画だったという事に端を発し,その源流池の一つ,ババ池跡を見学に出かけた話をこのブログに書きました。
 さて,上の写真が,中目黒駅際の蛇崩川です。手前は目黒川。蛇崩川はここで目黒川に合流して終わります。
 ほとんど水の流れがありませんね。この日はよく晴れていましたが,雨の日にはそれでも流れるのでしょうか? まあ蛇崩川は,ババ池があった昔から,普段は細流で,雨が降ると暴れ川に変わるという川だったようですけれど。
 ちなみに目黒川はいつ見ても水量が豊富ですが,大部分の水は新宿区の東京都下水道局落合水再生センターで下水を高度処理したものだという事です。
 さらにちなみに,目黒川の河口附近は「品川」という名前がついています。品川宿,品川駅の名の発祥の川というわけです。海運が盛んな川で,中目黒にも川港の跡が残っています。商品が行きかう川という意味の「品川」です。
 もう一つちなみに,写真の手前に細い桜の枝が写っているのがわかるでしょうか? ここら辺,中目黒駅付近から目黒駅付近までの区間,目黒川の両側は川をはさんで桜のトンネルとなります。このブログでも何回か紹介しました。桜の花もまだまだつぼみにもなっていないようですね。
 蛇崩川の話が,最後にはすっかり目黒川の話になってしまいました。

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2017/03/18

世田谷区馬事公苑周辺の,戦前の軍施設

Noudai 先日,蛇崩川の源流の一つ,馬事公苑に近いババ池跡を訪れた事を書きましたが,桜新町から馬事公苑の東側を目指して歩いていく途中,陸上自衛隊用賀駐屯地がありました。馬事公苑のすぐ南東側という場所です。
 「ヘー,こんな世田谷の住宅地の中に駐屯地があるんだ」という事で興味を持って調べてみたら,馬事公苑の周りというのは戦前の軍事施設がたくさんあった様です。まあその頃は,ここら辺は住宅地というわけではなく,田畑が広がる郊外の田園だったのだと思いますから,都心に近い郊外として広い土地が確保できて軍事施設にうってつけの場所だったのだと思います。
 まず馬事公苑自体が軍関係の施設だったのではないかと思ったのですが,どうもそうではなさそうです。馬事公苑は,地区の区画整理組合から林野を購入し,それが附近の区画整理の資金になったようです。
 馬事公苑の世田谷通りを挟んだ向かい側,東京農業大学(写真)は陸軍機甲整備学校という陸軍の自動車教習所でした。陸上自衛隊駐屯地の隣の駒沢大学付属高校が陸軍衛生材料本廠。現在ラ・コルダ弦巻という巨大なマンションになっている場所は昭和薬科大学だったところで,マンション敷地の中に大学があった事を示す石碑がありますが,もともとはやはり陸軍衛生材料本廠だった場所です。
 この陸軍衛生材料本廠の一部は,現在厚生労働省国立医薬品食品衛生研究所にもなっています。
 駒沢大学付属高校の校舎に囲まれて,その一部の様に見える海上自衛隊東京音楽隊の建物があり,海上自衛隊上用賀基地という大層な名前がついている様です。海のない馬事公苑周辺で,海上自衛隊の基地というのが奇異に感じます。
 同じ世田谷区の三宿の辺りにも戦前は様々な軍関係の施設があって,それが世田谷公園などになっており,また現在でも自衛隊中央病院になっていたりしています。まあ前述の様に,都心に近い郊外としての世田谷が,軍施設の配置にはうってつけだったのでしょうね。

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2017/03/16

都市計画道路補助128号線,トンネル南側入り口の現状

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Sakuragi_jhs 都市計画道路補助128号線は,桜新町から阿佐ヶ谷北へ通じる道路になる予定ですが,途中私の母校の一つである桜木中学校の地下をトンネルで抜ける予定になっています。このトンネルの最近の様子について,昨年暮れにこのブログで報告しました
 要するにトンネルはまだ開通していないのです。私にとってなじみのあるトンネル北側出口は,既に出来上がっているように見えるのですが,まだ柵で覆われていて,開通していませんでした。
 さてこの道路,先日桜新町から弦巻の世田谷区中央図書館まで歩きました。このブログにも書いたように,中央図書館で「新玉川線建設史」を見る為です。
 今回は,先日このブログに書いた蛇崩川源流のババ池跡を訪問した時,その池跡から蛇崩川沿いに(といっても,途中に東急バスの弦巻営業所があるので,完全に川沿いに歩くわけには行きませんが・・・)世田谷区中央図書館前へ出て,そこからこの道路を北へ歩いてみました。
 補助128号線は,桜新町−上町間は既設道路,上町から先の世田谷通以北,桜木中学校地下のトンネル北出口までが新設区間になります。12月12日の記事では北出口を紹介したわけですが,世田谷通りの方からこの新設道路の脇を歩いていっても,128号線トンネルの南入り口は見えません。
 「南側はまだ掘っていないの?」と思いつつ,勝光院手前まで坂を上り,桜木中学校南側の道路に出て,柵の間から南側を見ると,上の写真の様になっていました。桜木中学校地下トンネルからほんの少し南側まで,半完成ながら出来上がっている様です。しかしその先は鉄板を打ち込んで通せんぼされています。だから南側からトンネル入り口が見えなかったのですね。
 この南側トンネル出口の様子を見ると,補助128号線の開通はまだまだ先の様です。

(上の写真は,桜木中学校前の道路から南側を撮影。トンネル出口は足の下。正面の焦茶色は道路を通せんぼしている鉄板。二番目の写真は,そのまま180度振り向いて撮ったもの,桜木中学校校庭と校舎。私の後輩になる中学生が数人,ユニフォームでランニングしてやってきて,門から校内へ入っていきました。校舎も全て建て替えられて,私がいた頃とは校舎の配置も全く異なっています。)

−−−−−−−<追 伸>−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 その後,このトンネル南口に再び行ってみて,そこで何をやっているのかが分かりました。
 上の写真のトンネルの先,焦げ茶色の鉄板はいわば土留めの鉄板であり,その先の地面は鉄板の先端のレベルで南側に続いている様です。そしてその上で行われていた事は・・・・・。
 「都市計画道路補助128号線のトンネル南出口で何が行われているのか?」という記事を書きましたので,ご覧ください。

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2017/03/15

蛇崩川源流,ババ池跡

Babaike 昨日,新玉川線の2番目の計画ルート,蛇崩川ルートというのを紹介しましたが,その蛇崩川の源流が世田谷区馬事公苑の近くにあったという事を知ったので,散歩がてらに行ってきました。
 馬事公苑に沿った東側の道路が品川用水跡で,ここから漏れてくる地下水を集めるための溜池が,品川用水沿いの低地にあった様です。ババ池と言って瓢箪型の池だったそうです。その池が蛇崩川の源流の一つです。ちなみに桜新町にはジジ池というのもあって,それも源流池だったようです。結局のところ,この辺りの谷戸の奥に池があったという事です。
 これらの池の地図を含めて,蛇崩川の源流に関するこのサイトを興味深く拝見しました。
 さて,馬事公苑の東側の道,馬事公苑の覆馬場付近から東側に下りていって,写真の辺り,ここからまわりの道路を見ると,あたり全てが上り坂になっています。多分ここが池だったのだろうなという雰囲気です。写真の左は公園になっていますが,右の家が建て込んだ場所,そこが池だったのだろうと思います。
 ここから東へ行って,松丘小学校の南側から緑道が始まっています。ここは正に蛇崩川の跡で,地下に暗渠化された蛇崩川が通っているようです。

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2017/03/13

砧浄水場の辺りは,公共交通が不便なのか?

Bas_stop さて先日,世田谷線上町と荒玉浄水場を結ぶ鉄道計画線の話をしましたが,砧浄水場の近辺に行って写真を撮ってきたわけです。
 この浄水場の辺り,主要な道路沿いというわけではなく,ここへ行くには世田谷通りのバスを使って水道道路をあるいていかなければならないかなと思いました。
 そこで調べてみると,この辺り,田園都市線二子玉川駅と結ぶ東急バスの玉04系統や05系統,小田急線和泉多摩川や狛江駅と結ぶ小田急バスの狛11系統,狛21系統など,複数の系統のバスが走っている事を発見しました。
 それぞれのバス系統は,一時間に2~4本くらいしかありませんが,複数の系統同士が補完しあって,案外バス便にはこまらないようです。私は二子玉川駅から玉04系統に乗って浄水場を訪れ,帰りは狛11系統で狛江駅に出ました。

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