ゴールデンウィークも終わり
5月5日でゴールデンウィークも終わり。
今年のゴールデンウィークは,出かけるといっても,せいぜい鎌倉に出かけたくらいで,遠出をせず,また泊りがけで出かけたこともありませんでした。おかげで,高速道路の渋滞に巻き込まれることもなくすごせました。
遠出しなかったのは,中学生になった子供たちが,それぞれ学校行事などで忙しかったからです。これがもうちょっと大きくなれば,夫婦だけで出かけることもあるんでしょうけれど,ちょうど中途半端な年代ですね。
ということで,散歩によく出かけました。下の写真は,そんな散歩のみちすがら,撮った写真です。
大山道または矢倉沢往還という古道の一部で,東京赤坂から沼津までの街道です。現在の国道246号線がそれにほぼ沿っているのですが,細部ではルートに違いがあり,古い街道をたどることができる場所があります。沿道には古い石碑や地蔵や堂などが残されています。
図書館で見つけた「港北百話」という本によると,手前の坂は,血流れ坂という名がついているそうです。向かいの高層マンションが建っているのは高台ですが,その高台の(写真でみて)右側,高台を降りた低地が牢場谷という谷になっていて,その昔牢屋があったといわれています。血流れ坂は,その牢屋に収容した囚人の処刑場があった場所です。現在では写真のように,とってもそんな名がついているとは思われない明るい坂道です。大山道は,血流れ坂を下って,牢場谷を通って続きます。
その牢場谷にある不動尊の泉のあたりは,ちょっと昔の雰囲気があります。いまでは,老馬不動尊と呼ばれていますが,その昔は,牢場不動尊だったといわれています。写真では小さくてよくわからないかもしれませんが,池の上に竹筒が突き出ており,そこから泉が流れ出しています。池の向こうには,石の不動像が安置されています。
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コメント
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血流れ坂という名前はつい最近知ったのですが、この場所は91年に引っ越して来た時からよく歩いていました。車一台がようやく通れるほどの細い道の両側は鬱蒼とした藪でした。あの頃の様子を写真に残さなかったことが悔やまれますが、この名前をむべなるかなと思わせる雰囲気が残っていたことを思い出します。
その後、惜しげもなく緑が削られて今のような住宅地に変貌してしまいました。
ウトウ坂というのは知りませんでした。
投稿: bee | 2004/05/16 21:22