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2008/02/10

昭和22年当時の,仙川の上流端

Sengawa4_2

 昨日,仙川の上流端についての記事をアップしましたが,そこでは,上流端からパイプ状の暗渠になり,さらに上流に続いていると書きました。その後,国土交通省の「国土変遷アーカイブ 空中写真閲覧システム」で昭和22年当時の空中写真を見る事ができました(同システムで,「東京学芸大学」と入力して出てきた空中写真,USA-R556-No1-7が仙川上流端を写したもの)。
 この写真を見ると,当時の仙川は,現在の上流端の看板付近からさらに西に続き,東京サレジオ学園を横断してさらにその西へ,少なくとも情報通信研究機構構内を突っ切って構内と道路との境界付近まで続いているように見えます。上の地図で青線が開渠となっている現在の仙川。その左端が「上流端の看板」の位置ですが,昭和22年の航空写真では,上流に向かってされに赤線のように続いているのです(ちょっと最上流部分は,木陰になっていて怪しいのですが・・・)。
 この場所へ行っても,現在は何も無いと思いますが,当時の本当の上流端には,湧水などがあったのでしょうか?

 ところで,仙川の上流部分は,実は昭和になって開削されたもので,自然の川としての水源は,新川の勝渕神社付近にあった丸池の湧水群だったといわれています。たくさんある丸池の湧水口,これを「千釜」と呼び,これが「仙川(せんがわ)」の語源になったという説があるそうです。丸池は一時全て埋め立てられたのですが,現在では池が復元されています。この池の水は仙川に流れていますが,もはや湧水では無いようです。

(地図は,国土地理院の地形図閲覧サービス「ウォッちず」より)

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