後藤 均「写本室の迷宮」
創元推理文庫に収められている第十二回鮎川哲也賞受賞作,後藤 均著「写本室の迷宮」を読みました。
推理作家でもある富井教授が,学会への出席のため訪れたチューリッヒの小さな画廊で,著名な日本人画家で10年前に亡くなった星野の絵に出会う。画廊の女主人によると,その絵は一年のうち一日しか飾らないという。それは星野からの要請であり,いつの日かその絵をみて店に入ってきた日本人に渡して欲しいという書簡を預かっているという。富井は画廊の女主人からその書簡を託され,それを読んでみると,それは星野が戦後まもなくドイツのある館で経験した犯人当てゲームとその出題問題,それにその犯人当てゲームに関係した殺人事件の記録であった・・・。
「写本室の迷宮」は,このような物語です。構成は富井が語る「宴への招待」と「宴の終了」という2章の間に,画家,星野の手記である「手記・壱」と「手記・弐」という章が挟まり,さらにその間に犯人当てゲームの出題問題である「イギリス靴の謎」という章が挟まるという二重の入れ子構造になっています。鮎川賞の選出の際にも問題となったという事ですが,目次を見て,この構成に気づくと,どうしても「イギリス靴の謎」がメインであるように思ってしまいます。ところが,それがメインの謎だと思いながら読むと,「イギリス靴の謎」が期待した程面白いものではなかったため,肩透かしを食ってしまいます。実際,終わりまで読めば,「写本室の迷宮」という小説は,この「イギリス靴の謎」が原因となって犯人当てゲームの館で起こった殺人事件こそメインの謎なのだったんだと分かります。第一「イギリス靴の謎」は,全体の1/5の分量もなく,「写本室の迷宮」の半分より前に位置していて,その構成からいっても,この小説のメインではありえません。
星野の手記である「手記・弐」こそがこの小説のメインの章であり,そこで描かれた殺人事件と意外な犯人の物語は,さすがになかなか面白かったです。
この小説自身が,実はこの後に出版された同じ作者の推理小説「グーテンベルクの黄昏」の前章のような性格を持ち,そちらも星野の手記が大部分を占めているとの事です。今度はそれを読んでみたいと思います。でも,未だ文庫本になっていないんですよね。
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