« 地下鉄目黒-白金高輪間 ラッシュ時に信号故障で運休 | トップページ | 「やよい軒」の大海老フライ定食 »

2009/03/21

「藺沼」の名残,「和田沼」はどこに?

Wadanuma_2 先日紹介した「藺沼」。利根川が銚子ではなく,江戸湾(東京湾)に流れ込んでいた江戸時代初頭以前,柏市布施の辺りにあった広大な沼地です。その沼は,利根川が人工的に南から東へ流路を変え,布施を利根川が流れるようになってから次第に干上がって,今ではその跡は洪水の時に水をためる調節池になり,常時は耕作されています。しかし近年まで,藺沼の一部は和田沼という名で残り,雁や鴨など渡り鳥の飛来地として有名で,勝海舟なども鷹狩に訪れていたそうです。和田沼は以前紹介した布施弁天の西側,布施城址の崖下,現在のウイングホール柏斎場の崖下に拡がっていたといいます。
 国土地理院のホームページで,米軍が撮影した昭和20年代の航空写真が公開されており,1948年にその付近を撮影した写真というのがありました。それを見ると,布施弁天の西側に,沼らしい水面があるようで,これが和田沼かもしれません。しかし一見,利根川が氾濫して,水がひいていない田んぼというようにも見えます。しかし和田沼というのは,水深1m程度の浅い沼だったという事ですから,やはりこの程度のものかもしれません。

(写真をクリックすると,拡大します。)

−−−<追伸>−−−−−−−−−−−−−−−−−

 その後,和田沼を描いた明治時代の地図を見つけました。
 その顛末を,「和田沼はここに!」という記事にしましたので,参照ください。

|

« 地下鉄目黒-白金高輪間 ラッシュ時に信号故障で運休 | トップページ | 「やよい軒」の大海老フライ定食 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 「藺沼」の名残,「和田沼」はどこに?:

« 地下鉄目黒-白金高輪間 ラッシュ時に信号故障で運休 | トップページ | 「やよい軒」の大海老フライ定食 »