森博嗣の短編集「どちらかが魔女」
森博嗣著「どちらかが魔女」は,8編の短編からなる短編集です。犀川助教授と西之園萌絵によるS&Mシリーズを主体とするシリーズキャラクターを主人公とする短編が,アンソロジー的に編まれています。いずれも,他の短編集に掲載されている作品で,以前このブログで紹介した短編集「地球儀のスライス」に収録されている「石塔の屋根飾り」と「マン島の蒸気鉄道」は既に読んだ事があるものです。しかも,短編集「今夜はパラシュート博物館へ」,「レタス・フライ」は,読んではいないものの既に買ってあります。それなのに何で本書を買ったのかというと,要するに間違えたのですね。通常の短編集の一つと思っていたのです。短編集はいずれ全て揃えるつもりですから買う必要は無かったのですが・・・・・。
森博嗣を読んだ事の無い人が森作品を読もうと思い,入門として長編ではなく短編から入ろうとした場合,シリーズキャラクターの短編集であるし,この「どちらかが魔女」を最適なものと思うかもしれません。しかしそうでは無いんですよね。森博嗣の短編だけ読んだ場合,訳が分からない事が多いのです。訳が分かっても,結末があっけないと思う事も多いと思います。しかし,森作品はたいていの場合,その短編だけでは完成しておらず,他の作品を知らなければ,その短編の趣向が完全に分からないという場合があります。
例えば,この短編集「どちらかが魔女」の最後の作品「刀之津診療所の怪」。
これは小さな島の小さな診療所にまつわる怪談話ですが,森博嗣を読んだ事の無い人がこの作品を読んでも,さっぱり分からないでしょう。この作品の中で,登場人物達が6個の謎を箇条書きにして検討しますが,その中の3項目,「男の子の謎の病気」「診療所の前の森に立っていた白い女」「診療所へ定期的にやってくる長身の男が崖から投げた白い刀」については,この作品の中で明らかになります。しかしその他の謎については,この作品を読んでも全く分からないと思います。
作品中で,犀川助教授が西之園萌絵に電話で話します。「僕は,もう全部分かったよ。でも,君にはわからない」「え? どういうことですか?」「君は知らないことだから,無理もない」
まさにそういう事で,森作品を初めて読む読者は「知らない事」があるので「わからない」のです。そもそも診療所の医師が萌絵の叔母である佐々木睦子を知っている顛末と診療所の医師の正体,それに謎の一つである「診療所へ定期的にやってくる長身の男」の正体,さらに彼が萌絵の叔母の事を「フランソワ」と呼んだわけは,この短編集の巻頭に収録されている「ぶるぶる人形にうってつけの夜」を読めばわかるかもしれません。しかしそれでも未だ,謎の一つとして上げられている「診療所内の着物姿の女幽霊」「おじいさんを脅した振り袖の女」と,その女の不思議な武器「土から飛び出してお爺さんの帽子を飛ばしたもの」が「それは僕(医師)の足です」と言った意味はわからないのです。それがわかる為には,長編シリーズであるVシリーズを読まねばなりません。長編はちょっとという方は,短編集「地球儀のスライス」所収の短編「気さくなお人形、19歳」を読めばまあ分かるかなと思います。
そういう意味では,S&Mシリーズではないものの,この短編集に「気さくなお人形、19歳」が収録されていないのは片手落ちかもしれません。まあ,一つの作品だけ読んで,全てを分からせようとは思っていないのが森先生ですから,本来,読者は発表順に丹念に全作品を読んで行くしかありませんね。
短編集を読むと,どうも放置された謎が多くて,たいていは他の作品と関連付けて考えなければ分からないという作風。しかし自分も,森博嗣作品は結構読んでいる方かとは思いますが,忘れている場合もあるので,完全に全ての作品の趣向が分かっている自信はありません。
そういえば,以前,短編集「地球儀のスライス」を紹介した記事で言及した「僕に似た人」も,S&Mシリーズ関連作と言えるのですが,この本には入っていないんですね。
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