森博嗣の長編「今はもうない」の紹介
森博嗣の「今はもうない」は,犀川助教授と西之園萌絵が登場するS&Mシリーズの長編です。S&Mシリーズとしては10作中の8作目に当たります。
S&Mシリーズで唯一読んでいなかった長編です。どうして読んでいなかったのかというと,最初の部分を読んで,いつものS&Mシリーズと違って,笹木という見慣れない男のモノローグ(一人称)で語られる事から,何となく敬遠していたからです。
笹木氏の独白が大部分を占めると言っても,冒頭,萌絵の車で西之園家の別荘に向かう萌絵と犀川助教授が描かれます。その道々,萌絵は別荘の近くにあった建築家橋爪氏の住宅で過去に起こった殺人事件の話を語って行きます。以降,語り手は当時橋爪宅に滞在していた笹木氏の一人称での物語りとなります。叔母と喧嘩をして別荘を飛び出した西之園嬢と遭遇した笹木氏が,西之園嬢を橋爪宅に連れて行く所から始まり,2つの密室殺人が起こり,西之園嬢と笹木氏がその真相を探って行く・・・・・。犀川助教授と萌絵は,章の変わり目毎に登場しますが,主体はあくまでも笹木氏のモノローグです。
この作品,西之園嬢の名前に関して,笹木氏がたいそう気にしている事,西之園嬢を迎えにきた西之園家のおなじみの執事,諏訪野氏が西之園嬢の叔母と電話で話すときの「萌絵お嬢様が・・・・・」という意味ありげな言葉,名前を知りたければ本人に聞けばいいのに,いつまでたっても名前を聞こうとしない笹木氏,終わりの方で西之園嬢が笹木氏に示した自分のハンカチの刺繍「M.N.」のわざとらしさ,これらの事から,森先生は「ぶ」で始まり「る」で終わる某短編と同じ趣向を使っているのではないかという疑がいが生まれました。萌絵が犀川助教授に語る「その時(殺人事件が起こった時)私も別荘に居たんだけれど・・・」という言葉も,何だかわざとらしいのです。それとササキという名前。その名前の人を私は知っているんですけど・・・。
この作品,S&Mシリーズの最高傑作と言っている人もいるのですが,上の趣向に気づいてしまうとそれほどでもないんですよね。最後の驚きがありません。
密室の謎のについては,西之園嬢,笹木氏,橋爪氏,橋爪氏の息子である清太郎,最後に担当捜査官の込山刑事,それぞれが次々と仮説を出します。ある仮説が出されるとそれがある証拠から否定されるという事が繰り返され,それはそれで面白いのですが,結局事件そのものの真相は,それほどのものではありませんでした。笹木氏があのお方だとすると,その婚約者として登場する石野真梨子嬢は必然的にどこかで退場せざるを得ず,という事はひょっとして犯人?などと思った事もありました(ちなみに,石野嬢は終わり近くで退場するものの,犯人ではありません)。
まあ決してつまらないわけではないが,S&Mシリーズの最高傑作というにはちょっと・・・という作品でした。
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