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2014/09/21

芦辺 拓の「時の密室」

Toki

 弁護士森江春策が大阪淀川をめぐる水上バスに乗っているところから話が始まります。ただ観光で乗っているわけではなく,何か身代金的なものを持って,犯人と接触するところらしい。ところが,そのシーンが再び出てくるのは本の半ば以降。森江が持っているのはエッシャーの版画だと知れるのも半ば以降です。
 上述のプロローグに続いてお話はガラッと変わり,森江春策が当番弁護士として絞殺事件容疑者の弁護を引き受けるところに移ります。わずかに付近の家の庭園灯に照らされた夜道,高利貸の男が絞殺される事件。この男に恨みを持つ容疑者の弁護をひきうけたのです。容疑者の男は,前を行く被害者が透明人間相手に争っているかのごとく見えたと語り,一方道路沿いの家の二階に居た受験生は茶色の服を着た男に絞殺されているところを見たと語る。結局のところ,そのどちらも誤っていなかったという不思議な事件です。
 そんな事件の真相が明らかにされる前に,またお話はガラッと変わって明治時代,大阪にあった外人居留地の住人が殺される事件に移ります。絞殺事件の捜査の過程で,春策があるタウン誌に載った記事で出会ったのがこの明治時代の殺人事件です。
 図らずもこの事件の目撃者になったゲオルギ・アルノルド・エッセル。明治政府の招請によって来日していた実在のオランダ人土木技師です。エッセルのスペルはEscher。英語読みではエッシャーですね。あの不思議な版画を残した著名な画家エッシャーの父親です。そのエッセルが拉致された挙句に目隠しをされて連れ込まれた洋間で遭遇した惨殺死体。やがて気を失ったエッセルは,居留地にある被害者宅の火事場から助け出されるが,火事場には被害者の姿はなかった。エッセルが拉致された時,目隠しのまま馬車に乗せられ連れてこられた感覚的に認識していた場所は被害者宅ではありえず,彼が見た死体と洋間はどこにあったのかわからないという謎。
 続いて昭和70年代の全共闘時代,絞殺被害者の関わる安治川河底トンネルでの刺殺事件。被害者の仲間だった前述の路上絞殺事件被害者を含む3人の人物。発見者がトンネルを通っているときに発見した死体。関係者である3人は発見者の後方に居て,発見者の前に死体があり,容疑者3人は発見者をトンネルで追い越すことができないという事件。
 そしてやっとプロローグに戻って,エッシャーの版画をめぐる脅迫事件。図らずも版画を運ぶ役目を担った春策。水上バスという密室で,犯人はどのように春策に近づきエッシャーの版画を奪うのか?
 以上のように,この作品はいくつかの謎物語から構成され,それが他の事件の解決のヒントになったりつながりを持ったりしており,またこれらの事件それぞれが謎に満ちて興味深く,それぞれに解答があって満足できます。
 後半には一つの殺人事件の犯人の名前が明かされ,そこで犯人は判ってしまったと思うのですが,それがまたトリックになっていました。早々と犯人が分かってしまったとがっかりするなかれ。
 この作品,傑作と言っていいかどうか分かりませんが,かなり面白い作品でした。

 推理小説というのにも様々なタイプがあり,読み手の好みも様々で,推理小説の感想・批評は人それぞれで,ある人がつまらないと言った作品が別の人には面白かったり,その反対だったり,これほど他人の批評が当てにならないものはありません。
 私はとにかく読んでいる間の謎が面白ければ満足で,多少文章に問題があっても,テーマが社会派的であっても,解決が多少つまらなくても,読んでいるときにぞくぞくする謎があって,それが結局スッキリ解決しさえすれば,もうそれは満足すべき推理小説なのです。この作品は文章に問題があるわけでも解決がつまらないわけでもありませんが,たくさんの謎でぞくぞくする推理小説であり,私にとってかなり面白い作品でした。

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