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2015/05/28

京急大師線,産業道路駅から羽田空港へ

GojyukkenhanaMapBillboardTenkubashiHaneda_airport 以前,京急空港線の産業道路から川崎に向かって多摩川の東京都側を歩いた事を書きましたが,今回は産業道路から羽田空港まで多摩川沿いを歩きました。
 京急大師線の産業道路駅から,まず産業道路が多摩川を渡る大師橋を通って東京都側へ。前はここから多摩川沿いを上流方向に向かって歩きましたが,今回はここから下流方向に向かって歩きます。大師橋の下流側に高速横浜羽田空港線の橋梁があるので,大師橋から下流側は余り見通しがよくないのですが,それでも大師橋の渡し始め付近では羽田空港の駐機場に飛行機が何機かと待っているのが見えます。国際線ターミナルも見えています。
 さて多摩川沿いに羽田空港方面に歩いて行くと,五十間鼻という場所に至ります。これは海老取川が多摩川から分岐する場所にある堤防で,ここからは対岸の羽田空港がよく見えます。はじめの写真が五十間鼻から羽田空港を見たところで,遠く小さく飛行機が写っているのですが,小さくて見えないですね。
 さて,ここから海老取側沿いを歩いて京急空港線の天空橋駅へ向かいます。歩いて空港内各ターミナルを行く事も不可能ではないらしいのですが,国内線ターミナルへは一時間半程かかるようで,天空橋から空港線に乗って国内線ターミナルへ行って,飛行機を見ながら昼食を食べようという計画です。
 海老取川沿いにしばらく行くと,赤い大きな鳥居が目に入ります。穴守稲荷の鳥居です。穴守稲荷は現在の羽田空港内にあった神社ですが,空港拡張で移転しました。実際のところ「移転しました」などという穏やかなものではなく,敗戦後GHQが空港島の北側につつましくあった羽田飛行場を接収し,空軍基地として拡張するために穴守稲荷や空港島の住民に移転を迫ったものです。住民の退去は48時間の猶予しか与えられなかったようです。この赤い鳥居は,神社が移転してもそのまま残され(撤去しようとするたびに作業者の死亡事故があったからといいます),旧羽田空港ターミナル前の駐車場の中にありました。空港ターミナルが現在の位置に移転するとき,鳥居も現在の位置に移設されたそうです。平成になったこのときは,別段災厄は起こりませんでした。しかし本殿の取り壊しでは何の祟りもなく,京浜電鉄が穴守駅前に建てた鳥居が祟るというのもおかしな話です。
 さて京急空港線は,そもそも穴守稲荷参拝の為の鉄道として開通した路線です。多摩川の川崎側に川崎大師参拝の為の大師線,東京側に穴守線があったわけです。GHQが穴守稲荷移転を迫った時には,すでに穴森稲荷門前の穴守駅まで開通していました。複線で開通していた穴守線は,片側をJRと同じ狭軌に改められ,空港建設の鉄道としてGHQが接収しました。現在はつながっていないJR蒲田から資材をつんだ貨物列車が空港建設現場まで運行されたということです。このとき旅客線は単線となり,海老取川の手前の稲荷橋間での路線となってしまったそうです。
 1952年,貨物線の接収が終わり,穴守線は複線に戻りました。しかし空港島内の旧線は復旧されず,長らく海老取川手前で線路は途切れていました。もし旧線がそのまま復旧されていれば,なにしろ穴守駅は旧空港ターミナル前にあったわけですから(移設前の赤鳥居の付近,つまり旧ターミナルビル駐車場の位置),空港アクセス路線としてこのときから役に立っていたことでしょう。現在のように新ターミナルビルの地下へ乗り入れたのは1998年,平成10年の事でした。
 天空橋駅から空港線で二駅,国内線第2ターミナルビルへ行き,4階の南国酒家でランチをいただきましたが,それはまた明日。

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