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2015/08/02

川崎河港水門のエジプト船のレリーフ

Kawasakik_suimon1_2Kawasaki_suimon2Kawasaki_suimon_dwg_2Suimon_photoEgypt_ship_2 以前紹介した事がある,川崎市の河港水門。かつて運河だった舟だまりの多摩川への出口にある水門です。1928年,川崎市臨海部を縦断する運河計画のために,運河の多摩川への出口ゲートとして作られた水門で,金森誠之という河川技術者によって設計されました。運河計画が頓挫し,大部分埋め立てられ,現在では水門の内側ほんのわずか,京急大師線までの区間が舟だまりとして利用されているに過ぎませんが,水門は国の登録有形文化財に指定され,最早壊される事はないでしょう。
 この水門,左右の柱の上には,川崎名物だったの果物,梨・ブドウ・桃を象った飾りが取り付けられています。また文献によれば,左右の柱をつなぐ上部の梁には,エジプト船のレリーフが会ったと言われていますが,今では失われています。現場に行ってみると,確かに梁には何もありません(2番目の写真参照)。
 さてこのレリーフ,どんなものだったんだろうと思いネットを探していたのですが,昭和初期の土木建築工事画報という専門誌で図面と当時の写真を見つけました。
 1928年,昭和3年の土木建築工事画報の第4巻第7号(7月号)に川崎河港水門の計画図と完成写真が載っており,その図面に舟の絵が描かれています。3番目の図がそれです。
 さらに,
1928年,昭和3年の土木建築工事画報の第4巻第8号(8月号)に川崎河港水門の工事中の写真
が載っており,その写真の中にエジプト船が写っています。4番目の写真が写真の一部分を取り出したもので,5番目の写真が船の部分を拡大したものです。
 このレリーフ,現在では見る事ができませんが,2番目の写真で分かる様に,梁全体が鉄板で覆われているような印象を受けます。この鉄板を剥がすと,この船が現れるのではないかとも思えるのですが,どうなんでしょうね。
 ちなみにこのレリーフは水門の設計者,金森誠之自身の作ではなく,金森の手記によると,「これらの装飾部分は建築家の久留という人物が技を振るったもので,『川崎に因んでその頭部への飾りを工夫』するなどして『土木屋の手には出来ない芸術的な』仕上りとなっている。」との事です。
 さらにちなみに,1927年,昭和2年の土木建築工事画報の第3巻第7号(7月号)に金森誠之氏の顔写真入り紹介記事が載っています。
 最後に,水門から川崎駅へ戻るために多摩川の土手を歩いた時に撮影した夕日の風景を紹介します。

Tamagawa_sunset

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