辻真先「超特急燕号誘拐事件」
亀谷ユーカリさんを探偵役にしたシリーズの一巻です。この時,ユーカリおばあさんは既に亡くなっており,そのユーカリさんを偲んでやってきた老夫婦がユーカリさんの孫夫妻に語るユーカリさんの思い出話がこの作品です。
昭和10年,超特急燕号が流線型のC53型蒸気機関車に牽引されて東京駅を出発します。おりしもそのとき,ノロノロと進む台風が来襲中であり,超特急は途中臨時停車を繰り返しながら西へ進んでいきます。
台風の最中のことで,どうしても関西へ行く必要のある人たち数人だけが乗客として乗っていました。主人公の老夫婦四条夫妻(この時は、乗車直前に籍を入れたばかりの駆け落ちの若夫婦でしたが),若き日の亀谷ユーカリさん,皇族にして陸軍中将の紗陽宮行武殿下,その側近の少佐と大尉,駆け落ちの若夫婦を追う四条家の執事とダンサーだった夫人の横恋慕の相手である老舗菓子屋の若旦那,さらにその仲間達。不倫旅行中だった警視庁警部とその相手の女性。政府が雇ってドイツの鉄道技術者とその娘,一人旅の白人青年,さらに乗務員の車掌3名。これだけの人を乗せて超特急は一路・・・というか,ノロノロと東海道本線を西へ向かっていたわけです。
そんな中,まず四条氏の計略によって車掌室に拘束されていた執事が水浸しの密室で殺害される。次いで四条夫人に横恋慕している若旦那の死体が見つかる。さらに,列車が丹那トンネルに入ったとき,牽引していた蒸気機関車と最後尾の展望車が消失する。丹那トンネルの西側の函南駅を,特徴ある流線型の機関車は通過しなかったし,丹那トンネルと熱海駅の間には,展望車はいなかった。両者は線路上にしか存在し得ないのに,完全に消失していた。その展望車には,皇族の陸軍中将とドイツ人鉄道技師親子が乗っていた・・・。
この事件を亀谷ユーカリさんが解いていきます。当時の世相,鉄道の効率化の観点から東海道本線の電化を進める鉄道省と,軍事的観点から電化を反対する陸軍,伊東線の開通直前というご時勢,鉄道省初の流線型C53蒸気機関車,そして陸軍に実際にあった特殊な連隊,それが前提のミステリーです。この時代でなくては,動機もトリックもありえなかったミステリー。
鉄道ファンである著者ならではの鉄道ミステリーでした。
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