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2015/10/23

武州鉄道の夢

Monorail 先週の日曜日,朝は曇りで雨が降るのではないかという天気だったのですが,次第に晴れて,結局いい天気になりました。前日の天気予報では,日曜日は行楽日和といっていたこともあって,天気予報を信用して,秩父方面に出かけました。
 西武秩父線に揺られながら,この路線と競願になり疑獄事件を起こして散った武州鉄道の事を思い出しました。
 この武州鉄道事件については,詳しいサイトがあるのでそちらを見ていただきたいと思います
 概要を記すと,武州鉄道(埼玉県に同名の鉄道が実在したが,それとは別物)は戦後スクラップの転売で財を成した滝嶋総一郎という人物が,三鷹から秩父御花畑を結ぶ鉄道を計画したことに端を発します。三鷹-小金井-小平-大和-箱根ヶ崎-東青梅-名栗村-横瀬村-秩父御花畑という路線です。60.3kmの路線を41.5億円で建設しようというものでした。
 しかし東京と秩父を結ぶ鉄道を計画していたのは武州鉄道だけではなく,西武鉄道も西吾野から秩父を目指す鉄道を計画し,武州鉄道より早く申請していたのです。
 武州鉄道は,鉄道に関係なかった人物が,埼玉銀行や当時有力な映画会社だった大映など経済界の大物を巻き込んで起こした計画です。一方既に鉄道を営業し,準備を整えていた西武鉄道との争いは,当然のように西武側に認可が下ります。
 ところが,なぜかその後,武州側にも免許が下りてしまいます。当時の運輸大臣,楢橋渡をはじめ,政治家に取り入った滝嶋総一郎の暗躍によるものです。これが疑獄事件に発展し,滝嶋と楢橋等16名が逮捕されます。埼玉銀行等経済界の人々も起訴されますが,滝嶋のやり方に反発して手を引いていたので,結局実刑判決をうけたのは滝嶋と楢橋の2名だけでした。
 この武州鉄道計画のずさんさについては,主として次の2点について語り継がれています。

1, 西武鉄道の西吾野-御花畑間19kmでさえ 80億円かかっているのに,
   60.3kmの路線を41.5億円で建設しようという計画。
2, 日本初の跨座式モノレールの計画。

 さて第1項の費用については,確かに少なめなのかなとは思いますが,西武秩父線では建設当時私鉄最長,5Km弱におよぶ正丸トンネルを建設する必要があった事を考慮しなければなりません。一方武州鉄道は? ここで第2項,モノレールという事が生きてくるようにおもいます。モノレールは鉄輪ではなくゴムタイヤで走るため,急勾配に強い鉄道です。実際武州鉄道が計画していた路線で,特に名栗村-横瀬村の高低差は大きく,この区間を自動車で走ると,名栗村名郷から先はつづれ折の道路で山を登っていくことになります。武州鉄道が,モノレールの特性を生かして,なるべくトンネルを作らない方針であったなら,ひょっとしてその金額でも完成できた可能性がないとはいえません。
 60kmにおよぶモノレールの空想性は? 確かに当時日本では,日本独自の上野公園の懸垂式モノレールしか実例はなかったものの,滝嶋はドイツアルウェグ社の視察に行っており,現在の東京モノレールと同じアルウェグ式を考えていた可能性があります。現在の東京モノレールの最高速度が80km/hにも達する事を考えると,60km強の長距離モノレールも現在では可能だったかもしれません。
 武州鉄道も,当初は普通の鉄道として計画され,中央線への乗り入れなども考えられていた様ですが,途中からモノレール案も出てきて,ドイツ視察が行なわれた様です。安い建設費とモノレール計画という事で何かと後ろ指を指される武州鉄道ですが,モノレールであったから実現可能な計画だったかもしれないなと空想しています。

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