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2015/12/08

京急大師線,塩浜−小島新田線路跡の散歩

Daishi1Daishi2Daishi3Daishi4Daishi5Daishi6Daishi7Daishi8 京浜急行発祥路線である大師線。京急川崎から川崎大師駅を通り小島新田駅までの路線です。いずれは地下化され,地上からは小島新田駅程度しか見られなくなってしまう予定で,既に東門前−産業道路−小島新田間では地下化工事が始まっています。
 実際にはこの路線,小島新田の先,塩浜まで行っていました。ところが,小島新田のすぐ先にJR塩浜操車場ができる事になり,路線がその一部になるために小島新田−塩浜間を廃止してしまったのです。さらにその昔,塩浜の先,桜本まで行っていた時代もありました。1952年に塩浜−桜本間を川崎市に譲渡し,この区間は川崎市電になりました。実際にはその前年,1951年には塩浜−桜本間に市電が乗り入れていましたが,翌年,正式に川崎市に譲渡されたものです。その川崎市電も1969年に廃止されています。
 ちなみに小島新田−塩浜間の休止は1964年,1970年に正式に廃止となりました。
 さて,その小島新田−塩浜間の廃線跡をたどってみようというのが今回の散歩コースです。
 まず川崎駅から市営バスで塩浜停留所へ。この停留所近くのコンビニ,ポプラ川崎塩浜店が塩浜駅跡だという事なので,それを目当てに現地を探しましたが,どこを探してもポプラがありません。グーグルマップには載っているのですが,どうも既に閉店しているらしいのです。グーグルマップをたよりに探ると,どうも「夜光」という珍しい名前の交差点近くの重機置き場(最初の写真)がそれらしいです。もちろん何も駅の痕跡はありません。
 この広場の北側,国道132号線を渡って少し北へ行くと,神奈川臨海鉄道千鳥線の線路を渡ります(2番目の写真)。写真に写っている,向こう側の踏切付近を大師線は通っていた様です。
 さらに北へ進み,広い道路から西へ少し入ると,いかにも特徴的なカーブを描く道があります(3番目の写真)。これが廃線跡かと思うとさに非ず,これは大師線の側道だったようで,道路に沿った左側の建物の部分が線路跡の様です。この区間,左の建物群のさらに左側にも同じ様なカーブした道があり,線路は側道に挟まれていた様ですね。そのカーブを先に進むと,コンテナの乗った貨車が止まっている川崎貨物駅に突き当たります(4番目の写真)。大師線の線路はここからさらに進み,小島新田駅に入っていた訳です。
 次の写真は小島新田駅側から線路跡だった建物の方を見たところです(5番目の写真)。写真の縦に3つ窓が並んでいる白い建物(とその奥の建物群)が廃線跡です。
 そして現在の大師線の終点,小島新田駅(6番目の写真)。小島新田駅前から,やって来た塩浜方向を見ると,線路はないものの,しばらく鉄道らしいコンクリート冊が続き,廃線跡の気分を盛り上げています(7番目の写真)。以前紹介した駅前の小さなセブンイレブン,実は駅の売店(8番目の写真)も健在です。
 たいして歩いていないのですが,現役のグーグルマップにあるコンビニがなくなっていたり,都市の変遷の早さが伺えます。東京近郊で廃線探訪をしていると,地図に載っている建物がなくなっていたり,道路が新しくできていたり,変遷の早さを感じる事が多いですね。

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