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2016/04/25

横浜市大倉山界隈を散歩

 このところ,樽町菖蒲園師岡熊野神社東横線綱島−大倉山間の線路移設跡など,横浜市大倉山界隈を散策していましたが,ついでに大倉山精神文化研究所の周りを散歩しました。

Okura1 東横線線路移設跡探訪のついでにという事で,大倉山北側からアプローチ。大曽根第三公園(熊野神社の「ちの池」跡は第二公園で,別物)の近所で,なんと相模鉄道の電車を発見しました(最初の写真)。大乗寺という寺の駐車場際の平の中(つまり寺の中)に置いてあったもので,運転席部分しかありませんでした。どういう経緯で大乗寺がこの運転席部分を譲り受けたのでしょうか? そういえば,平成19年には,相鉄の電車がこの辺にやってきます。東横線への乗り入れは日吉駅からとなりますから,大倉山辺りでは東横線とは別線になっている筈です。既にこの乗り入れ工事も,数年前から日吉駅周辺で始まっており,綱島の温泉施設「東京園」も,新綱島駅(仮称)建設のために長期休業に入りました。東京園の敷地の一部に,新綱島駅施設がかかる(地下駅として)らしいです。東京園敷地は建設基地として使われるそうです。

Okura2 さて大乗寺から南へ上り,大倉山梅林の中に入ると,丘の上に小さな社または祠らしい建物が林の中に見えています。地図を参照すると「東横神社」と書いてあります。近くへ寄ってみましたが,柵で囲われ,こちら側からは境内に入る事はできない様です。しかも木々の為に,祠の全貌は見えません。
 あとで調べてみると,大倉精神文化研究所のホームページの「東横神社」の項に,「昭和14年(1939)6月22日、東京横浜電鉄・目黒蒲田電鉄両社社長五島慶太が両社の発展に貢献した功労者の霊を慰めるために造営し、伊勢の神宮より本体を遷座した。」とあり,現在も東急の所有で一般公開されていない神社の様です。そもそも大倉山梅林は,東急の前身,東横電鉄が作った梅林で,今は横浜市に売却され横浜市管理の梅林になっていますが,この神社境内だけは今も東急の所有という事なのでしょう。

Okura3Okura4 大倉山梅林の中や周辺をウロウロ歩いていたら,その東横神社の表玄関に出くわしました。なかなか立派な玄関で,さっきの社はこの奥に遷座しているようです。さすがに東急がしっかり管理しているようで,中へ入る事はできませんが冊から覗くと,きれいに整備されている様子がうかがえます。この門からも先ほどの社は見えません。外周の公園の歩道を奥へ入ってみても,木々で隠れて社のほんの一部しか見えません。あくまでも一般には見えない本殿でした。

Okura5_labouraOkura6_laboyokoOkura7_laboshomen さて,そこから大倉山精神文化研究所へ向かいます。研究所の裏からのアプローチ。横を通って正面に回りました。いつ見ても立派な建物ですね。昭和7年,1932年に竣工した建物です。東洋大学の学長なども務めた大倉邦彦によって創設された研究所で,人文科学,社会科学の研究所です。1936年には文部省所管の財団法人になり,制度改革により現在は公益法人となっているそうです。研究所は今もこの建物の中で活動中ですが,敷地は横浜市に売却され,建物は同じく横浜市に寄贈されていて,この建物の中でコンサートや集会などが開かれています。
 この研究所のホームページは,この界隈の昔を知る為のバイブルのようなもので,大倉山にこの研究所があるおかげで,この地域がより興味深いものになっています。
 さてここから坂を下れば大倉山駅です。それ程長い距離を歩いたわけではありませんが,なにしろ山坂が多く,結構いい運動になりました。

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