トマス・フラナガンの短編集「アデスタを吹く冷たい風」
学生の頃,早川ポケットミステリでサッテスン編「密室殺人傑作選」という短編集を読んで,その中の一編「北イタリア物語」というのに魅せられた事があります。
密室から盗まれた宝玉。所有者である伯爵が犯人を探し出し宝玉を取り戻す事件を描き,最後にさらに一捻りあるという作品です。この作品は著者の短編集,「アデスタを吹く冷たい風」に収められているものでした。
過去2回にわたって行われた早川ポケットミステリ復刊アンケートで,2回とも第一位に上げられたのがこの「アデスタを吹く冷たい風」という短編集です。作者はアメリカの作家,トマス・フラナガン。ミステリー作家としては無名といっていいのではないかと思いますが(まあ,復刊希望一位になる時点で,有名作家といってもいいのですが),ミステリは若い頃書いた7作の短編しか発表していないという人です。本業はアイルランド文学の研究者らしいですね。
何を隠そう,私もこの短編集の復刊希望に1票を投じました。その後文庫版で復刊され,本屋へ行かねばと思ったものの,数十年後である今の今まで買わずにいた本です。最近「密室殺人傑作選」を本棚で見つけ,そういえばフラナガンの短編集はもう絶版になっているのかなとアマゾン書店をのぞきました。そうしたら,絶版になっておらず今でも手に入る事がわかりました。しかも,電子書籍版(Kindle版)さえ発行されています。これはすばらしいという事で,Kindle版をすぐさま購入してしまいました。
「本屋へ行かなければ・・・」という気持ちは,次の日まで続かないかもしれませんが,電子書籍版ではそう思ったとたんに購入ができ,さらに数分後にはもう読むことができるのです。電子書籍の購入,読書の敷居の低さは格別です。
さて作品は・・・,
密輸ができるとは思えない状況での密輸の謎を解く作品,射殺事件を事情聴取審議の形式で描き,読者を煙に巻く作品など,4点はシリーズキャラクターのテナント少佐の事件簿です。
あとの3点は特定のキャラクターを置かないノンシリーズ物です。その中の1編として「北イタリア物語」が「玉を懐いて罪あり」の名前で入っています。真犯人に意外性があり,また本編は語り手の最後の言葉が冷酷に聞こえるのですが,まあこの有名人ならばそんな事を言いそうだという作品になっています。
密輸ものはHowという謎がありますが,全体を通して謎の提示とその解決というより,真相が分かって読者が欺かれていた事が分かるというタイプの推理小説で,私にしてみれば推理小説というより読み物という感じのものです。
多分それほど有名だとは思えない本なのですが,一部では熱狂的に歓迎されている作品集です。
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