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2017/01/11

埼玉県東松山市の青鳥城跡

Oodori_castle

 おなじみの比企丘陵。ここら辺は古い館跡や城址がいくつか存在していますが,今回は青鳥城跡訪問です。関越道東松山インターチェンジ近くにある中世の城址です。青鳥と書いて「おおどり」と読みます。
 ところがスマホを家に置き忘れた為,写真を撮る事ができませんでした。そこで今回は,グーグルマップの航空写真の掲載でお茶を濁しましょう。まあ素人が見て城跡で特徴的なものは,掘割位なもので,写真をとったとしても「ふーん」という程度のものでしょう。
 航空写真左下の天神社と書いてある左手の四角い部分が本郭,その外側にニの郭,そのさらに外側に三の郭がありました。
 中世の城郭としてはかなり巨大なもので,室町時代には築城されていたと言われています。戦国時代末期,16世紀に豊臣秀吉の全国統一頃廃城になったようです。12世紀に,この青鳥に源頼朝が陣を張ったと書いてある文献もある様ですが,城や砦というものがあったのかどうかはわかりません。
 私としては城跡そのものより,実はこの「青鳥」という城の名に興味があります。どんないわれがあるのか,帰りに東松山市立図書館に寄って調べてみました。
 「青鳥」は,城の名の前に土地の名であった様です。前述の様に,文献に頼朝が青鳥野に陣を張ったという言及があります。青鳥と書いて「おおどり」と発音するわけですが,この謂れに付いては諸説あるようで絞られていません。この地の寺に赴任した住職が青い鳥を見からという話がありますが,私が読んだ東松山の地名の本には,それよりも暴れ川であった都幾川の浸食があった土地という事から「オオドリ(大取り)」と呼ばれたと書いてありました。しかし「おおどり」の意味はそうだとしても,それを「青鳥」とかなり特殊な漢字を当てるのは,別に何か事情があるように思います。やはり「青い鳥」か?
 青い鳥と言えばカワセミがピンときます。青鳥城址近くの青鳥小学校の校歌に,「都幾の河原にセキレイ遊び・・・」という歌詞があるのですが,セキレイならぬ同じスズメ目のルリビタキは青い鳥ですがね。

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