柄刀 一の「月食館の朝と夜」
柄刀 一の「月食館の朝と夜」を読みました。奇蹟審問官アーサーシリーズの4冊目の本です。長編作品としては3作目となります。
ローマ法王庁から派遣され,申告された奇跡を調査して世界中を飛び回る奇跡審問官,アーサー・クレメンスを主人公とする本格推理小説です。
放浪の陶芸家として世界的に有名な五十幡萬生。萬生は既に亡くなってますが,その長男,昭が住む萬生の屋敷をアーサーが訪れます。霧で有名な竹田城にも近い場所にある屋敷です。そこにはアーサーの日本人の異母弟,高校生の甲斐・クレメンスとガールフレンド,五十畑由比とその父で当主昭の弟である五十幡宗正も滞在していて,アーサーにとっては甲斐と久しぶりの休日を過ごす為の訪問でした。
その夜は皆既月食の夜。月食マニアの昭が,館の別棟というべき月宮殿の塔の最上階に籠もって月食を観測したはずの次の朝,昭が死体で発見されます。顔などを焼かれ,左腕も手首から上の肩まで,布を巻き付けて火をつけられたらしくもえている。手首から先も異様に黒くなっています。だから殺人に間違いはありません。しかし死体の発見は作品の半ば。遅すぎる・・・・・。
さらに,五十幡邸に滞在していた遠國という光学器械をこの屋敷に納めた業者の男も刺殺されているのが発見されます。この男は生前,この館には隠し部屋・隠し財産があるかもしれないと言ってました。そこに萬生の遺作が眠っていると言っていた人物でした。
月宮殿へのアクセスは,暗証番号付きのエレベータとテラスからの外階段だけ。犯人は? そして殺害の目的は? 死体が損壊されていたのは何故?
照明のスイッチに関する細かい考察や館の構造,そして皆既月食の観測時には、館の全ての照明を落とすという習慣。この作者の推理小説は,分かり易い大トリックを使うというより,小さな考察がたくさん必要な推理小説です。優れた本格推理小説でありながら,この作者が今ひとつ大受けしないのも,そこら辺のトリックの分かり難さ,小粒感,というより細かく難解なトリックが影響しているのだろうと思います。本格好きを唸らせる一方,大受けしないという作品です。
読者の書評では,分かり難さを云々されている方が見受けられました。トリックの肝の一つである月宮殿の外階段のレイアウトなど,月宮殿自体の図版が欲しかったと思いました。
これまでの作品では名前だけが登場していたアーサーの弟,甲斐・クレメンスが本格的に登場し,アーサーのワトソン役を勤めている事は,好ましい雰囲気でした。
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