クリスティーの「像は忘れない」
クリスティーの「像は忘れない」は,クリスティーのポワロシリーズの最終作。本作は1972年作品で,ポワロ物の最終作「カーテン」は1975年の出版だから,その順番でいけば最後から2作目の作品という事になりますが,「カーテン」は実は1943年に執筆された作品で,自身の死後出版する様に契約がなされていた作品です(実際には死後ではなく,存命中に出版許可を出したもの)。
文学者昼食会に出席した推理作家のオリバー夫人(クリスティー自身をモデルにしたおなじみのおばさま)が,知らない女性から,オリバー夫人の名付け子,シリヤ・レイヴンズクロフトの両親の十年以上前の心中事件は,父親と母親のどちらが相手を殺して,後に自殺したのかを調べて欲しいと言われるところから始まります。聞けば,息子がシリアと恋仲になり,結婚を考えているからとの事。
奇妙に思ったものの,オリバー夫人は旧知の名探偵ポアロに調査を依頼します。ポアロは夫人自身が当時の関係者を回って話を聞き,「忘れていない象」を探す様アドバイスします。ポアロ自身は,当時の警察の調査状況を調べます。
今回改めて年代などを調べたわけですが,出版された1972年と言えば私が子どもの頃で,クリスティーを昔の作家という感覚で認識していた私としては,同時代に生き,私が知っている時代に新作が出ていたという事に驚きます。
しかし,クリスティー最晩年の作である事は確かです。謎は「ヒロインの両親のどちらがどちらを殺したか」という一点,最後に至って関係者の驚愕の事実が分かりますが,クリスティー中期作品の読者に挑戦する緻密な筋立て,張り巡らされた多くの伏線,それらを見事にラストに向って回収していく緊張感は失われ,論理的なポアロの推理による解決ではなく,関係者の告白による解決など,本格推理小説というより面白いクライムストーリーとなっています。まあ,2時間ドラマの様な感じと言えばいいでしょうか。そんな筋立てのせいか,イギリス製作のテレビドラマ版では,原作にない水治療院のシークエンスを加えていました。
過去の事件を解き明かすというという作品です。そもそもクリスティーは過去に根をもつ事件を描く事が多いです。しかしそれは,現在時点で事件が起り,その事件の解明のために過去を探ったら,その真相は過去にあったという事が多いわけです。ところが「象は忘れない」は,事件は全く過去のものなのです。過去の心中事件の真相解明です。そのため,読者はミステリーの緊迫感よりまったりしたクライムストーリーの楽しさを味わえるわけで,ベッドで横になってから眠る前に読んでいくのに最適です。しかしイギリス製作のテレビドラマ版では,過去の事件だけでは緊張感不足という事で,水治療院での現代の殺人事件をプラスしたのでしょう。現在では何も事件がおこらず,しかも殺人ではなく過去の心中事件の解明,それも関係者の尋問が主体・・・,「それだけではちょっと」と思って,現在の殺人事件を追加したテレビドラマの脚本家の気持ちはよくわかります。
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