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2019/05/03

霜月 蒼の「アガサ・クリスティー完全攻略」

Agasa

 「アガサク・クリスティー完全攻略」は,著名なミステリー評論家,霜月 蒼によるクリスティー全作の解説書です。早川書房のクリスティー文庫の1作で,クリスティー文庫の各作品と同じ装丁になっていますから,公認版のような本といっていいでしょう(何に公認されたのかわからないが・・・)。最近このブログでも,クリスティー作品を再読した感想などをアップしていますが,それはこの本を読んで,再読したくなったからという事です。
 エルキュール・ポアロ長編作品,ミス・マープル長編作品,トミー&タペンス長編作品,短編集,戯曲,ノンシリーズ長編作品,そして特別収録 ポアロとグリーンショアの阿房宮に分類されています。それぞれ簡単なあらすじが付いていますが,もちろんトリックや犯人には言及されておらず,未読の人も安心して読むことができます。評論の上でネタバレが必要なものは,ネタバレ部分を巻末に抜き出してあり,クリスティーの原作を読んでから巻末を読めばいいようになっています。
 作品には,星マークで霜月氏が考えるランキングがつけられています。同意すべき点もあり,そうでない点もあります。
 たとえば傑作として名高い「オリエント急行の殺人」は星四つです。最高は星五つで,「白昼の悪魔」「カーテン」「鏡は横にひび割れて」「ポケットにライ麦を」「五匹の子豚」などがそれに相当します。「ナイルに死す」は星四つ半,「ABC殺人事件」が同じく星四つ半。「オリエント急行の殺人」は,それよりわずかに評価は低いのです。ここら辺の感覚は,私と同じですね。「オリエント急行」は,私の中では横溝正史の「本陣殺人事件」同様に,史上初という特異なトリックで世評は高いのですが,作品としての面白さは「同じ著者の他の作品のほうがおもしろい」と感じます。
 霜月氏に同意しない部分もあります。「マギンティ夫人は死んだ」を霜月氏は高く評価しています。クリスティーっぽくなく,ポアロが街を始終移動し続け,視点もポアロに固定し,読者はポアロの慨嘆や印象や思考を共有し,すべてはポアロの目を通じて見て,ポアロと共に空間を移動する。それはハードボイルドミステリーのやりかたで,ハードボイルド好きの霜月氏は,これに共感しています。また,登場人物の多くがクリスティーにしては珍しく「裕福でない人」であり,そこらへんもハードボイルド的だと霜月氏は考えます。だから玉に瑕なのは中盤からのオリバー夫人の登場で,ハードボイルド的な雰囲気を壊しているというのです。しかし,被害者は雑役婦であり裕福でない人かもしれませんが,殺害の秘密は裕福な家庭にあり,事件の根はお屋敷にあるので,私はそれほどハードボイルドを意識しなくていいような気がしました。それにクリスティーが被害者を裕福でない人に設定したのは,殺人の動機となった行為を裕福な人が行うのは,単に不自然だからではないかと思います。
 ハードボイルド好きの霜月氏と,謎で背中がぞくぞくするのが好きな私は,微妙に意識がずれていて,私としては,同意できる部分とできない部分がありました。
 ちなみに,私もハードボイルドが嫌いではありません。霜月氏は本書の中で「ハードボイルドの流儀は,謎解きミステリの快楽と矛盾するものではない。ハードボイルドは語り口の名称であり,謎解きミステリは構造の名称であるからだ。」と述べています。まさにその通りですね。

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