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2021/05/04

自性院から茅ヶ崎富士塚へ

Cresthills 映画を見るために港北ニュータウンのセンター南駅付近に行ったので,ついでにその辺りを散歩しました。
 かつて港北ニュータウン内にはいくつかの富士塚があり,この付近にも「茅ヶ崎富士塚」という富士塚がありました。富士塚については,以前「幻の茅ヶ崎富士塚」という記事を書きましたので,そちらをご覧ください。
 映画館のあるセンター南の港北TOKYUショッピングセンタービルは,かつて自性院というお寺があった場所であり,富士講の参拝者はそのお寺にお参りしてから茅ヶ崎富士塚に登ったと言います。
 私も旧自性院の場所にある映画館を出て,茅ヶ崎富士に向かいました。自性院から茅ヶ崎富士に至る道程は,"四五六峠みち" という寂しい道だったといいます。現在では,この峠道を辿ることはできません。峠道とは関係なく整地され区割りされた住宅地になってしまっているからです。下の地図は茅ヶ崎富士塚が映っている1960年代の航空写真と現在の国土地理院の標準地図を重ね合わせたものです。航空写真には "四五六峠みち" が映っていますが,今の地図上ではそれは全く峠みちとは関係なく区割りされた住宅地の中に埋もれている事がわかります。
 上の写真が,ちょうどクレストヒルズというマンショの前の,かつて茅ヶ崎富士塚があったあたりの写真です(写真を撮らなかったので,GoogleStreetViewの映像より拝借しました)。"四五六峠みち" は,写真の向きとは真反対,背後の左奥側(西北)からこの写真に写っているクレストヒルズ前の現在の道路に斜めに交差する様にやってきて,このあたりにあった「茅ヶ崎富士塚」に至っていた様です。ただし,このあたりは全体的に削平されているらしく,なんの痕跡も残っていません。
(地図はクリックすると拡大します。)
Chigasaki-fujizuka
 ところで,"大原みねみち公園" を四五六峠だと書いているサイトがあるのですが,茅ヶ崎富士塚がクレストヒルズ近くだとして,現在の港北TOKYUショッピングセンタービルの位置にあった自性院が移動し,現在は "みねみち公園" 東側にあるため,現在の自性院と旧茅ヶ崎富士塚を結ぶ道=みねみち公園が四五六峠だと誤解したものと思います。
 しかしこのみねみち公園内の道は,なんとなく四五六峠っぽい雰囲気があります。まあ実際の四五六峠がどんなものだったのかは,現在では全く窺い知る事はできません。

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