ドロシー・セイヤーズの「ナインテイラーズ」を読みました
ドロシー・セイヤーズはアガサ・クリスティー程有名ではありませんが,知る人ぞ知る英国の推理作家です。この本の末尾の解説を読んで初めて知ったのですが,クリステーの処女作「スタイルズの怪事件」とセイヤーズの処女作「誰の死体?」は,ほぼ同じころ出版されていたのですね。私はてっきり,セイヤーズはクリスティーの後輩だと思っていました。作品数はあまり多くなく,推理小説としては12編の長編と3冊の短編集があるそうです。そのほとんど全作品が邦訳されているらしいのですが,私は,創元推理文庫で出ている短編集と長編「誰の死体?」と,今回の代表作「ナインテイラーズ」の三冊を読んだにすぎません。
さてそのナインテイラーズ。この表題は,「仕立て屋(テイラー)は9人が一着のスーツを仕立てる」という言葉から来ているものですが,作品中に仕立て屋が出てくるわけではありません。
セイヤーズの常連名探偵,ピーター・ウィムジー卿が,ひょんなことからイングランド東部の沼沢地帯(イースト・アングリア地方というらしい)を訪れ,インフルエンザに感染した村人の代わりに,教会の除夜の鐘を突く羽目になる(日本のように一つの鐘を突くのではなく,8つの音色の異なる鐘を8人で突いて音楽的な曲をかなでる。というか,鐘に繋がる縄を引いて大きなベルを鳴らす。しかも大晦日から9時間にわたって)というところから話が始まります。
正月に入り,村の有力者が亡くなり,その埋葬のために既に亡くなって埋葬されていた妻の墓を掘り返してみたら,見知らぬ男が埋葬されていたということになって,村の牧師がピーター卿に出馬を依頼するということになります。
この男の正体と犯人はだれかという謎をめぐって二転三転し,最後に落ち着くところに落ち着くのですが,教会の鐘の鳴鐘術のうんちく,沼沢地帯のいい感じの人間関係,献身的な牧師さんの活躍,豪雨による洪水という自然災害など,推理小説的でないエピソードもなかなか興味深く,ピーター卿の個性も相まって楽しく読み進むことができました。
暗号解読も出てきます。鳴鍾術を使った暗号で,私にはほとんど理解できなかったのですが,ウィムジー卿がとくとくと説明し,結局解けた暗号の示すところさえ分かれば,それでよしとするしかありません。
そして最後に明かされる謎の男の死因。その死因について,私はもともと知っていました。この作品の特異な死亡原因は,作品を離れて推理小説好きの間では有名です。「トリックとしては長編を支える力はない」と言われていて,推理小説のトリックとして取り上げればその通りでしょうが,死因はこの作品に埋め込まれた謎の一端でしかなく,長編作品としての価値は決して見劣りするものではありません。
英国の田舎の沼沢地帯の村の描写が優れていると思ったら,セイヤーズの生まれ育った故郷がこの地方だと知りました。なるほどという感じです。
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