仁木悦子の推理小説は,何十年も前にほとんどすべて読んでいるはずです。しかし今では作品名のみ覚えているばかり。そんな仁木悦子作品が,この度創元推理文庫で出版されました。「冷えきった街/緋の記憶」という作品集で,「日本ハードボイルド全集」というシリーズの第4巻目が,仁木悦子に割り当てられているのです。
仁木悦子がハードボイルド? 私の感覚では,仁木悦子の推理小説は本格推理小説だと思っていたので,ちょっと意外でした。処女作「猫は知っていた」以来の仁木兄妹が活躍し,「日本のクリスティー」と称される仁木悦子作品は,本格推理小説以外の何物でもありませんでした。しかし,この「日本ハードボイルド全集4」に集められているのは,私立探偵三影潤を主人公とする作品です。もちろん三影潤が活躍する作品も過去に読んでおり,しかしその作品がハードボイルドだと思ったことはありませんでした。三影潤の代表作(唯一の長編作品)「冷えきった街」でさえ,密室が出てくるのですから。事件が起こった屋敷の図も,2枚挿入されていて,それで普通ハードボイルドとは思いませんよね。
そんな「冷えきった街」を再読しました。しかし気分はまったく「初めて読む作品」です。今回読んだのは創元推理文庫版ではなく,講談社文庫版の電子書籍でした。創元の「日本ハードボイルド全集」は,電子書籍版が出ていなかったからです。
読み終わって,たしかに一種のおとぎ話である本格推理小説とは違う雰囲気は感じました。非常にソフトなハードボイルドですね。まあ,ハードボイルドというより,きわめて本格派寄りの社会派,松本清張に近いような雰囲気を感じました。
高校から短大,大学,さらに花嫁学校的なレディースクールを運営している堅岡清太郎の家族に,様々な事件が起こっていました。高校生の次男が体格のいい男に襲われてけがをした。次に学校の運営に携わっている長男がガス中毒に倒れた。そしてまだ小さい長女を誘拐するという手紙が届いた。それで,桐影秘密探偵社に依頼があったのです。学校経営に影響するからというので,堅岡清太郎は警察に通報するつもりはないという事でした。
三影が調査するうちに,家族には評判が悪い次男の高校生,冬樹と心を通わせることができました。堅岡清太郎の子供たち3人は,すべて母親が違います。次男冬樹の母親は心臓発作で10年以上前に亡くなっています。「もし生きていたら・・・」という冬樹に対して三影は,「もしという事はありえない。『もし・・・』の世界の自分は,自分ではない。今の自分こそ唯一の自分なのだから,『もし・・・』を考えても意味がない。」と語ります(この通りの言葉が作品に出てくるのではありません。作品中の文章の意味を汲むと,こういう会話になるのです)。人は「もしあの時,こうだったら」と考えがちですが,三影の言葉は本当ですね。「もし」を考えても意味がないのです。
事件はさらに,長男の毒殺事件,冬樹の自動車事故へと続きます。冬樹は崖の上から突き落とされて走ってきたトラックの前に投げ出された模様です。話の途中で,三影の調査は冬樹の母親が死亡した真相に迫ります。そしてラスト。やはり本格推理小説ではないのかと思わせるように,驚愕の幕を閉じます。
傑作といっていいでしょうね。結局今回の事件は,冬樹の母親が亡くなった事件を核とする事件でした。
三影潤の探偵譚は,この作品以外は短編ですが,短編集「緋の記憶」を早速電子書籍で購入しました。仁木悦子作品は,結構電子書籍化していて,しかも安価なので,これからも楽しめそうです。
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