2023/01/31

中原街道は中原御殿を目指す

Nakaharagoten 先日紹介した中原街道。先日は綾瀬市の女坂辺りへ行ったという事から中原街道を話題にしました。うちの近所を通る街道で,その起源は古代ともいわれており,古道といってもいいでしょう。徳川家康が江戸に入ったのも,中原街道を通ったともいわれています。本格的に整備されたのは江戸時代。江戸幕府によって整備されました。鷹狩に使用されたという平塚の中原御殿という将軍家の別荘と江戸を結ぶ将軍が通る街道として整備されました。
 さてこの街道,現在では,東京から丸子橋で多摩川を渡り(昔は福山雅治が歌う桜坂から丸子の渡しで多摩川を越えていました)神奈川県に入ると神奈川県道45号線となります。その45号線は,茅ヶ崎中央通りとなりJR茅ヶ崎駅にぶつかって終点となります。
 しかし中原街道は,平塚市中原へ行きつかなくてはなりませんから,茅ヶ崎駅にぶつかる前にどこかで右に曲がって相模川を越えなければなりません。それが,寒川町の「田村の渡し」だと言われています。田村の渡しは,中原街道と大山街道の2街道の渡河を担当していたそうです。現代の大山街道というのは県道44号線で,たしかに県道45号線と景観寺前という交差点でぶつかっています。県道45号線は景観寺前交差点で左折してしまいますが,中原街道としては右折して44号線の方に向かわなければなりません。
 実際のところは,GoogleMapで見ると,寒川町の日産工機のあたりに旧中原街道の碑がありますから,この寒川町のあたりでは県道45号線とは離れたところを通っていたのでしょう。
 江戸時代の中原街道としては,相模川を渡って平塚市に入り,中原御殿跡である平塚市立中原小学校に至ればいいのですが,江戸時代より前の中原街道は,東海道とつながっていたはずですね。
 ネットを検索していたら,中原街道を歩いて辿った方のブログを見つけました。昔の中原街道を推定した地図がこのブログに掲載されていますので,URLを紹介しておきます。↓

 https://miwa3k.hatenablog.jp/entry/nakaharakaidou_hosoku

(上の写真はGoogleStreetViewで見た,中原御殿の碑です。中原小学校にあります。)

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2023/01/28

中原街道

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 中原街道というのは,江戸時代からの街道で,江戸と相模の国平塚をほぼ直線で結ぶ,東海道の脇街道として使われた街道です。多摩川を丸子の渡しで渡っていて,その直前東京側に桜坂(福山雅治の「桜坂」)があります。私の場合,日常的にはそのあたり,桜坂とか川を渡った武蔵小杉当たりの中原とか,そこら辺になじみがあります。
 先日,用事があって神奈川県綾瀬市の女坂(めざか)というところに行きました。ここには綾瀬浄水場があって,その隣に蟹ヶ谷公園という広い公園もあります。先日,湘南台のチキンバーガーを紹介しましたが,湘南台へ行ったのは女坂へ行くバスに乗るためでした。その女坂のバス通りが,中原街道でした。おなじみの街道が,ここまで伸びているのだなというのが,なんだかおもしろく感じました。
 さらに,先日知人のところへ行くのに茅ヶ崎駅に降りましたが,その茅ヶ崎駅前の道が中原街道であるのに気づきました。女坂から地図をたどって,それに気づいたのです。なんだか,因縁を感じましたwww。

(写真は,GoogleStreetViewのものです。写っているのが中原街道。左側が浄水場の敷地です。)

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2023/01/10

七福神めぐり

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 「今年はまだ初詣に行っていないな」という事で,七福神めぐりに行く事にしました。七福神巡りは過去に何回か行ったことがあって,さて,今回はどこを回ろうという事でネットで検索して,川崎七福神を回ることにしました。川崎七福神というからには,川崎市川崎区の工場地帯を回るのかと思ったらそうではなく,武蔵小杉周辺の中原区を巡る七福神でした。といっても,武蔵小杉駅から回るわけではなく,東横線元住吉駅から回りだして,JR南武線武蔵新城駅に戻るというコースです(もちろん逆回りもありですが)。
 「川崎七福神」でネット検索すれば出てくるので,ここでは特に巡った寺の名前や神様を記載しません。
 寺にはそれぞれの石像があり,その写真を示します。最初の寺,三重塔がある布袋尊の大楽寺と最後の福禄寿の安養寺は,最初と最後という事で,石像の他に山門の風景を載せました。そして最後の写真は,七福神には関係ないですが,武蔵小杉に近い丸子山王日枝神社の鳥居です。平安時代に創建されたという古い神社で鳥居の上に破風のような三角形が付いている変わった神社です。七福神巡りのルートがこの神社の門前を通るので,この神社にも寄り道してお参りしました。
 今回の七福神巡りは,結局6時間ほどかかりました。その中に1時間ほど,イタリアンファミレスであるジョリーパスタで昼食をとった時間が含まれています。元住吉駅で降りて,武蔵新城駅で乗車するまで,交通機関は一切使わず,すべて徒歩でした。スマホで計測した歩数は,2万2千歩ほどでした。

(写真はクリックすると拡大します。)

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2023/01/06

蛇場美遺跡の界隈

Suidouroad2Jababi1Jababi2Old-kandagawa 蛇場美遺跡は,杉並区下高井戸三丁目の当たり,向陽中学校や区立下高井戸運動場にあった遺跡です。石器時代から縄文時代,中世,近世に渡る複合遺跡だという事です。何しろ現在運動場などになっているので,遺跡らしい跡は何もありません。それでも平成2年に行われた発掘調査では,爪形文系土器や中世の館跡の示す堀跡等が見つかっているそうです。
 そこら辺を通っているのが,水道道路です。水道道路については,その昔このブログに書いたことがあります。京王線桜上水駅で降りて,駅脇の水道道路に入り,それをまっすぐ進むと神田川に行き当たります。そのあたりに区立運動場があり,向陽中学校があります。前述のように,現地で遺跡として見るものは何もありません。遺跡を解説する立札さえありませんでした(Net情報によると,以前あったようなのですが,現在運動場の更新工事中なのでなくなっているのかもしれません)。この中学校や運動場には,その昔お屋敷山古墳という前方後円墳もあったといわれています。
 さて,桜上水駅から水道道路をたどると,まず突き当たるのが玉川上水跡です。ここら辺の玉川上水は今では遊歩道になっています。そこから水道道路はかなり急な坂を下っていくことになります。その下った先がが今も流れている神田川です。
 玉川上水は,羽村で多摩川の水を取水し,江戸の街,四谷まで引かれていた上水ですが,終点と起点の高低差は100m程度で,しかも上水から分岐した枝のような支川も下り勾配で作らなくてはなりません。だから玉川上水は羽村から尾根づたいに常に周辺より高い位置で下り坂となるように水路を開削しています。上水であるがゆえに,流れている水タンクという役割をするもので,排水用の自然河川である神田川とは目的が異なり,だから上方(坂の上)を流れていたわけですね。GoogleMapを眺めていても,玉川上水と神田川の目的の違いによる高低差は分かりません。現地を探索して初めて認識しました。
 ところで,「蛇場美」という名前はちょっと奇異に感じますが,日本全国あちこちにある様です。一説によると,「蛇喰(じゃはみ)」が転化したもので,巨大な蛇が齧り取ったような地形の土地という意味があるとの事です。

(一番上の写真は玉川上水跡から坂を下っていく水道道路。次の写真は区立下高井戸運動場。改修工事中で,工事関係の看板が立っています。次の写真は坂を下ったところにある神田川。川の左側が区立運動場です。最後の写真は水道道路をさらに先に行ったところにある神田川の旧流路跡です。このあたりの道としては珍しい屈曲した道になっています。川の跡だと言われると「ああ,確かにそんな形の道路だ」と思います。各写真をクリックすると拡大します。)

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2022/12/25

今度はモチ坂へ 

Road-to-mochizakaPole-of-mochizakaView-at-mochizaka 先日,地下鉄南北線の西ヶ原駅からJR京浜東北線の上中里駅まで歩いて,日暮里崖線を体験した話を書きましたが,今回はもっと日暮里寄りの日暮里崖線へ行ってきました。
 前と同じく,地下鉄南北線西ヶ原駅から歩きます。本郷通りを旧古川庭園のところまで歩き,カーブした小道へ入ります。この道路は,昔の地図にも書いてある道で,昔から生活道路になっていた道の様です(一番上の写真)。
 その道路の突き当りが日暮里崖線で,そこにかつて崖上から下へ降りるモチ坂という坂道がありました。日暮里崖線から下へ降りる坂は,昔は数多くあったようですが,線路が崖を削って作られるようになって,その多くがなくなってしまいました。モチ坂もそんな失われた坂の一つです。モチ坂を示す標柱には,坂上にモチの木があったから名付けられたという話が書いてあるのですが,「崖雪崩(がけなだれ)という急斜面
を蛇行して下る坂道の跡が,わずかに残されている場所」と書いてあります。ただ「坂道の跡」というのがよくわかりません。がけ下を除いても,すぐ下に京浜東北線の線路があるだけで,坂道の跡というのが何を指しているのかわかりませんでした。
 このモチ坂,坂を下りたところにかつては踏切りがあったようですが,その後跨線橋になったとの事です。ところがその跨線橋も撤去されてしまい(最後の写真のように,前方に新幹線の高架橋ができてしまい,跨線橋設置も不可能になってしまいました),今では線路の方へは行けず,左右の小道に逃げるしかありません。私はそこから右へ行って,西日暮里駅に出ました。

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2022/12/22

西ヶ原駅から上中里駅へ散歩

Nishigahara-stTakinogawa-park1Takinogawa-park2Nipporigakesen1Semi-slopeNishigahara-map 上野から京浜東北線で北上していると,左側の車窓にずっと崖が見えています。この崖は約6000年前の縄文前期の温暖だった期間,間氷期に武蔵野台地の東縁である上野台地がこの付近まで奥まっていた東京湾(奥東京湾と呼ぶそうです)の海の波で海蝕された跡だそうです。
 この崖を体験してみたいと思い,東京メトロ南北線の西ヶ原駅に向かいました。
 西ヶ原駅で降りて,本郷通りを少し戻ると左側に現れるのが北区立滝野川公園です。この公園に入って,奥の方に歩いていきます。左側に公園内のテニスコートを見ながら緩い坂道を降りていくと,JR線にぶつかります。このぶつかったあたりが崖線になっていて,JR線の電車の屋根が下に見えます。
 あらかじめ地図で見ると,滝野川公園がもっと細長く,本郷通りからJRにぶつかるまでもっと歩く感覚だったのですが,何だかあっけなかったですね。
 この滝野川公園がJRにぶつかったあたりは,もうすでに上中里駅のホームで,ホームの屋根も下に見えます。細い道を右へ曲がり,しばらく行くと上中里駅の改札口に出ることができます。
 前述のように,もっと歩くつもりだったのが,西ヶ原駅から上中里駅までは結構近く,ほんのわずかな散歩でした。
 この崖線は,かつてはJRの線路の方にもう少しなだらかな崖になっていたようです。しかし複々線になったりして線路の敷地が広くなって,ついには崖を削るようになり,急な崖になってしまったそうです。昔は崖上からがけ下に何本もの坂道が降りていて,「車坂」とか「もち坂」とか,趣のある名前がついていたようですが,今ではその坂道も廃止されてしまっています。下から二番目の写真は,車道となって今に残る坂道の一つで,「蝉坂」という名前がついています。上中里駅前からカーブを描いて登っていく坂道です。左側の崖が,まさに日暮里崖線です。

(写真はクリックすると拡大します。)

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2022/11/28

ハウステンボスの2日目

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 ハウステンボスのフォレストヴィラで一夜明けて,翌日は昼間の散歩です。まず,ハウステンボスのもっとも奥にあるパレスハウステンボスに向かいました。
 ここは,17世紀にハーグの森に建てられ,現在はオランダのウィレム=アレクサンダー国王のお住まいになっている宮殿の外観を,オランダ王室の許可の下に忠実に再現した宮殿で,美術館になっています。この時は企画展としてエジプト展が行われており,エジプト学者,吉村作治先生の発掘品や発掘の様子の写真の展示がありました。吉村先生の講演会が行われる日もあるようです。
 この宮殿の庭園は,オランダで計画されたものの,作られなかったプランをもとに造園された形だという事です。。
 ハウステンボスには,パレス内の美術館をはじめとして,いくつかの博物館があります。私たちはこの後,ギヤマンミュージアムというガラスの博物館を見学しました。園内には陶器の博物館,ポルセレインミュージアムもあります。
Wind-mil その後,たいしてイベントやアトラクションに参加せず,園内の散歩だけでかなり楽しめました。結局3時にはハウステンボスを出て,バスで長崎空港に向かいました。
(上の3枚の写真はパレスハウステンボスの建物とガーデン。左の写真は,入口ゲートに近い 風車がある "フラワーロード" エリア。写真はすべてクリックすれば拡大します。)

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2022/11/27

ハウステンボスへ

 佐世保駅に戻り車を駅前のレンタカー店に返して,佐世保駅から列車に乗ります。再び「シーサイドライナー」に乘りました。そして降りたところが,「ハウステンボス駅」です。
Housetenbos-approach-brg ハウステンボス駅に列車が着く前から,ハウステンボスの建物が見えていました。駅から川を渡る橋の向こうにいかにもハウステンボスだという建物が見えます(左の写真。このページの写真は,すべてクリックすると拡大します)。川のように見えたのですが,実は早岐瀬戸という海です。大村湾 と 佐世保湾 を繋ぐ 瀬戸でした。そして建物は,ハウステンボス入口ゲート際にある巨大なホテルです。
 時刻はもう夕方,午後5時少し前でした。私たちが予約した切符は,「アフター5パスポート」というもので,午後5時からの夜間に入場できるチケットでした。九十九島クルーズから戻り,「少し時間があったので」西海橋までドライブしたのはそういう意味です。クルーズの終わりからすぐハウステンボスに向かっても,私たちのパスポートではすぐ園内に入いれないのです。
View-from-forestvilla-room 園内に入って,まずは宿泊するホテルにチェックインしました。私たちのホテルは,「フォレストヴィラ」というところです。フォレストヴィラは,ハウステンボスの入り口ゲートからかなり遠くに位置しています。歩けば20〜30分はかかる様です。そこで,ゲート脇の船着場から園内の運河を巡回するボートに乗りました。ホテル前に船がつくわけではありませんが,降りた船着場からフォレストヴィラまでは歩いて7分くらいでした。
 ここは大きな池の周りと池の中の島にコテージ風の建物が建っているホテルです。コテージ風といっても,テラスハウスの様に4〜5戸がつながっていて,完全に一棟一棟が独立しているわけではありません。そんなテラスハウス風になっている別荘の一つを借りるというホテルです。メゾネットタイプで,1階に広い居間と独立したトイレとお風呂,それにキッチンがついていました。2階は寝室が2部屋。そして2階にもトイレと洗面所がついています。一部屋にはセミダブルベッドが2つ,もう一部屋にはシングルベッドが2つ。つまりこのコテージに最大4人が泊まれるというわけですね。1階の居間のソファを使えば,5人まではいけるように思ったのですが,実際に5名泊まるときは,エクストラベッドが入るようですね。(上の写真は,コテージから見た景色です。)
House-tenbos-nifhe-blg そうこうしているうちに,もう辺りは暗くなっていました。イルミネーションの時間です。園内を散歩するだけで,十分楽しめる時間になりました。
 この調子で記述していくと,長編ブログになってしまうので,あとは写真を並べるだけにしましょう。建物のほとんど,街路樹のほとんどが,写真のようなイルミネーションで飾られています。園内にいくつもある庭園も,同様に一面のイルミネーションで飾られています。ただ散歩するだけで,これらの電飾が楽しめます。観覧車に乗れば,上空からイルミネーションを楽しめます。
Housetenbos-nightview1House-tenbs-nighe-view3

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2022/11/26

時間があったので,西海橋へ

Saikai-brg さて,九十九島のクルーズからパールシーリゾート港へ帰って来て,まだ時間があったので西海橋までドライブすることにしました。西海橋は小学生の頃行ったことがあります。西海橋は,国道202号線の針尾瀬戸に架かるアーチ橋です。完成した1955年当時は,固定アーチ橋としては世界で三番目の長さでした。2020年には国の重要文化財に指定されています。
 景色的には小学生の頃はもっとせいせいとした場所だった気がします。周囲の木々がうっそうと成長したからでしょう。海面までの高さ,渦潮の様子は小学生の時のままでした。
 現在では,西海橋の隣に新西海橋がかかっています。新西海橋は有料道路である西海パールラインの橋です。佐世保から西海橋に行くときの高速道路が西海パールラインでした。新西海橋の手前,針尾インターチェンジで一般道路に降りて,西海橋へ向かったので,新西海橋は西海橋側から眺めただけです。
 西海橋から向こうのように3本の煙突のようなものが見えていて,「あれは何だろうね?」と話していたのですが,後で調べたら針尾送信所という施設らしいです。旧日本海軍が長崎県佐世保市の針尾島に大正時代に建造した送信所で,現在では国の重要文化財に指定されているそうです。

(写真はクリックすると拡大します。)

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2022/11/25

九十九島へ

99islands1Pearl-queen-ship1Pearl-queen-ship-room99islands-from-ship 牡蛎小屋から九十九島に向かいます。牡蛎小屋からの道路沿いにある展望台から九十九島を展望することができます。208の小島からなる海域です。
 私たちは九十九島クルーズを行うつもりでしたから,船のターミナルである「九十九島パールシーリゾート」に向かいました。ここからは「海賊遊覧船みらい」という海賊船タイプの船と「パールクイーン」という二つの遊覧船が時間をずらして就航しています。私たちは出航時間の関係で,「パールクイーン」の方に乗船しました。
 約1時間の船旅です。クルーズでは,遠くの島々,そしてすぐ傍らの小島,真珠の養殖場など,楽しい船旅でした。
 本来なら,車を佐世保駅前のレンタカー店に返し,佐世保駅から列車に乗る計画でした。しかし時間的に余裕があったので,もう1か所昔行ったことがある場所までドライブすることにしました。

(1番上の写真は道路わきの展望台から見た九十九島海域。2番目,3番目の写真は,クルーズ船と船室。最後の写真は船内から見た九十九島。写真をクリックすると拡大します。)

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