2019/11/18

平川の大灯籠

Toro 先日の早渕川探訪の時,大きな灯籠が早渕川沿いにありました。寺社があるわけでもなく,路傍に突然大きな灯籠が現れたので写真にとりました。表面が結構風化・摩滅していて,古いものかもという感じでした。後で調べたら「平川の大灯籠」というらしいですね。
 江戸末期にこの地(石川村)から江戸の薩摩屋敷に奉公に上がっていた女中が,維新後に地元に戻る際に記念にもらい受けたものと伝わっているそうです。こんな大きいものを,渋谷の薩摩屋敷から分解して持ってきたとしても結構な大荷物で,本当かなと思いますし,なんで灯籠なんか持ち帰る必要があったのだろうとも思います。まあ,伝説の域を出ない話です。
 この大灯篭の昭和30年代の写真がネット上にありました。灯篭自身は非常に小さく写っているだけですが,雰囲気はわかります。上のリンクのページの5枚目の写真(バスとトラックが写っている写真)です。
 何の気なしに撮ったものが,それなりにネット上に情報が出ているものだったということで,ここに発表しますwww。

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2019/11/14

早渕川の源流へ

Genryu-cageGenryu-kaikyoKaikyo-mizoExitSinyoshida 先日,普段行かないオーケーストアの新吉田店(横浜市港北区新吉田)へ行って買い物をしましたが,その裏手を早渕川が流れていました。そんなことがあって,早渕川の源流へ行ってみようかと思い立ったのです。
 地図上で早渕川を上流へ辿ってみると,美しが丘西の保木という地区にたどり着きます。東急田園都市線沿線の多摩田園都市内にある地区ですが,昔の面影を残した丘(花桃の丘というらしいです)の麓に源流があるらしい。最初の写真はそこにある湧水地とされる柵です。この柵の中の地下に湧水があるらしいのです。たまプラーザ駅からバスに乗って「保木」というバス停で降りた辺りです。
 そこから道を挟んで180度振り返ったのが次の写真です。藪で見にくいですが,開渠となった水路がちらりと見えます。道がないのでこの開渠を辿ることはできないのですが,道を回ってこの開渠の北側に行くと,より鮮明に溝が見えます。それが3枚目の写真です。
 この位置から流れは丘の麓を巡る道際の暗渠になりますが,4枚目の写真の位置で早渕川は開渠となり,以降流れが見える川となります。
 早渕川の源流として一番分かりやすいのが,最初の写真の柵の中の遊水(見えないが・・・)で,玉田園都市開発前の古い地図でも早渕川はこの辺りでとぎれています。しかしこの辺り,早渕川は暗渠となって上流に広がり,早渕川公園,さらに北側の滝の沢公園(昔は滝があったという・・・)など,早渕川水源地は複数あるらしいですね。結局のところ,現在の住所で言って美しが丘西二丁目あたり一帯が早渕川の原流域ということの様です。
 最後の写真は,そもそも源流へ行こうと思ったきっかけとなった早渕川,横浜市港北区新吉田付近です(これだけはGoogle マップのストリートビューの写真)。

(写真は,クリックすると拡大します。)
 

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2019/11/08

長野戸隠高原の鏡が池

Kagamigaike-sky

 長野市戸隠高原の鏡が池です。湖畔にレストハウスはあるものの,ただの溜池です。
 しかし,晴れた風のない日には山が湖面に映り,湖面が正に鏡になります。先日紹介した戸隠蕎麦の名店,「そばの実」から車で5分くらいのところにあり,私も何回か訪れていますが,曇りだったり風が強かったりして,なかなか山が湖面に映った景色はお目にかかれません。今回は珍しく写真の様な状態になりました。

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2019/11/04

長野へ来ています

Shinkansen_20191103201801 結婚式への出席のため,昨日から長野に滞在しています。
 先日の台風19号による千曲川決壊のため,北陸新幹線車両120両が水に浸かり,現在運用できない状態になっていて,北陸新幹線のダイヤは台風以前の8〜9割の運転となっています。
 確かにダイヤをみると,長野行き各駅停車の「あさま」と金沢行きで長野までは快速で長野以遠は各駅停車の「はくたか」は毎時運転されており,長野ー金沢間が開通する前の「あさま」毎時30分間隔というダイヤは確保されているようです。しかし,金沢開通後に生まれた超特急である「かがやき」は運行されない時間帯があり,金沢までの輸送力は弱くなっています。「かがやき」は東京,大宮と停車して,その次はもう長野に停車するという列車で,長野駅へ行くには大変便利な列車でした。
 台風時期に横浜市の工場で2編成が上越新幹線用に製造中だったということで,上越新幹線への投入は当面見合わせ,北陸新幹線増強に使われる様です。まあいずれにしろ,早期の復旧できればいいですね。

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2019/10/28

旅行したことのない都道府県は?

Iioka-port 旅行したことのある都道府県,旅行したことのない都道府県のアンケート結果の記事を見ました。大和ネクスト銀行による国内旅行に関する調査結果です。
 旅行したことのない都道府県の第一位は,佐賀県となりました。2位以降,四国の県が続きます。佐賀県は,私も確かに長崎へ行く時に通っただけです。
 反対に,旅行したことがある都道府県ベストファイブは,1位は「京都府」,2位「東京都」,3位「大阪府」,4位「北海道」ときて,5位「千葉県」。ここで「千葉県」がえらく唐突に感じたのですが・・・,ああそうか,ディズニーリゾートですね。
 このブログのタイトルバックは,千葉県旭市の刑部岬から見た太平洋ですが,ぜひ刑部岬などへもどうぞ。刑部岬は九十九里浜が始まる所です。

(写真は,刑部岬から見た飯岡漁港。)

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2019/10/22

赤麻沼再現

Akamanuma 以前,渡良瀬川の渡良瀬遊水地の一部にあった赤麻沼跡へ行ってきた話をアップしました。渡良瀬遊水地の中にありますが,赤麻沼跡付近には常時は水がありません。渡良瀬川そしてそれが合流する利根川の増水時に,遊水池全体に水が蓄えられます。
 そして先日の台風19号襲来時,この赤麻沼跡に水が入り,かつての赤麻沼が再現されました。
 写真は,国土交通省が公表した渡良瀬遊水地の正に台風当時,10月13日の写真ですが,この写真の1,2,3号調整池に囲まれた,調整池範囲になっていない部分が上部にありますが,そこら辺が赤間沼だった場所のようです。その赤間沼のさらに上の堤防に接して,8月に行った赤麻寺があります。
 赤麻沼が再現されたといっても,遊水池全体に水が入り,赤麻沼がどの部分だったか分かりませんね。

(写真をクリックすると拡大します。)

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2019/09/19

長野市で

Zenkoji

 昨日紹介したように,この三連休,用事があって長野へ行きました。長野市内に滞在しました。
 上の写真は,善光寺境内で撮ったものです。手前の建物が重要文化財の山門,奥の建物が国宝の本堂。下の写真は,長野市内から車で30分程度のところにある戸隠高原の鏡池。その下の写真は,小布施に本店がある菓子舗「竹風堂」のかき氷です。アイスクリームとともにトッピングされているのは,名物の栗かの子。栗だけで作った栗きんときです。

Kagamiike
Chikufudo-kakigori

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2019/09/18

秋の風情が感じられる信濃路

Img_6405 この三連休,用があって長野へ行ってきました。写真は長野市内の並木道の桂の木。甘味料にも使われる,葉から甘い香りが漂う落葉広葉樹です。
 なんだかもう秋の風情でした。

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2019/09/09

今回の旅行で最も興味深かった場所は・・・・・

Chuohirosaki 先日来書いている奥入瀬渓流旅行は,第一の目的は奥入瀬渓流の散策をしようという事ですが,東京へ帰ってきた現在,一番興味深かった場所の写真が,左のものです(写真をクリックすると拡大します。)。
 そもそも弘前の洋風建築巡りの途中,日本聖公会弘前昇天教会教会堂へ行こうとして見つけた建物です。デパートもある土手町の商店街から横に外れて坂を下へ降りた土淵川沿いにあったのが,弘南鉄道大鰐線のターミナル,「中央弘前」駅です。弘南鉄道には,JR弘前駅に隣接した駅から発車する弘南線と中央弘前から発車する大鰐線の2線があります。かつてはJR黒石線を引き受けた黒石線もありましたが,こちらは平成10年に廃止されました。大鰐線と弘南線の弘前市内のターミナルが異なるのは,そもそも違う鉄道会社だったからです。大鰐線は弘前電気鉄道の路線でしたが,昭和45年に弘南鉄道に併合されました。
 なにしろ弘前市内の洋風建築巡りの最中でしたから,ここから電車に乗ることはできませんでしたが,「おっ,こんなところにターミナル駅があったんだ。」と思いました。

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2019/09/07

そして弘前市へ

LibralyTeacherAomori-bankChurch 昨日紹介した五所川原の鶴の舞橋から車で1時間程,弘前市へ到着しました。弘前市でのお目当は明治・大正時代の洋風建築の見学です。
 弘前は弘前城の城下町。弘前城に近い市立観光館の駐車場に入れて,歩いて街歩きします。街を歩いてみると,風情が青森市と違うのですよね。まあ古い洋館をたどっての街歩きですから,なおそのような感想になるのかもしれませんが,風格が感じられるのは古い城下町だからでしょうか。
 そもそも青森県は,始め弘前に県庁が置かれ,弘前県と名付けられていました。日本最初の市制施行地でもあります。そもそも青森市は弘前藩主津軽信枚とその家臣である開港奉行森山弥七郎によって寛永期に築かれた港町で,明治四年には弘前から青森に県庁が移転されています。しかし現在でも青森の国立大学といえば弘前大学であり,津軽地方の中心都市でもあり,青森県の中心都市の一つになっています。
 さてその洋館めぐり。旧弘前市立図書館,旧東奥義塾外人教師館,旧第五十九銀行本店本館,日本聖公会弘前昇天教会教会堂などを回りました。弘前市立図書館の裏には,市内洋風建築のミニチュアを置いたスペースもありました。
 ここから1時間で青森空港着。空港内の漁連の店などで,冷凍ホタテや永谷園のご当地お茶漬けの素などお土産物を買い込んで羽田に帰ってきました。

(写真は上から,旧弘前市立図書館,旧東奥義塾外人教師館,旧第五十九銀行本店本館,日本聖公会弘前昇天教会教会堂。写真をクリックすると拡大します。)

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