2021/10/21

八王子市内の絹の道

Silk-road1Silk-road2 先日は,辺見じゅん著「呪われたシルクロード」に描かれた,江戸時代から明治時代にかけて存在した日本のシルクロード,八王子から遣水村を経由して横浜へ絹を運んだ道の終点,横浜の十二天社や横浜の八王子権現社について書きましたが,八王子に現在も残る絹の道跡を紹介します。ここには随分前に行った事があります。まだ遣水の道了堂が健在だった頃です。現在では,道了堂は取り壊され,大塚山公園内の道了堂跡となっています。心霊スポットと言われていますが,ネット上でそう言っている人は,一般的に言って,自分自身はその場で心霊体験を経験したわけではなく,他人がそう言っていたのを伝え聞いただけという場合がほとんどの様です。
 この道了堂跡から横浜方向に伸びるのが現在の絹の道として八王子市などでも宣伝している道です。左上の写真は,その絹の道。左側の塀は,絹の道記念館の塀です。その北の部分,八王子から道了堂跡への道は,住宅地として失われてしまった・・・と思っていました。「呪われたシルクロード」にもそう書いてありました。ところが,JR横浜線片倉駅から八王子片倉台郵便局までの区間は,片倉台住宅地の中の道として残っていたのです。もちろん普通の住宅地の中の道ですから,「絹の道」としての風情はありません。左の2番目の写真が,郵便局前から片倉駅方向を見た絹の道です。googleマップのstreet viewでたどってみても,この道は普通の住宅地内の道路でしかありません。しかし,今昔マップなど,現在の地図と昔の地図を比較できる地図サイトで見ると,これがいにしえの絹の道であることが分かります。
 その南,道了堂跡までは,既に住宅地の中に失われてしまっています。住宅地の区割りが絹の道とは関係なく作られ,その道筋さえたどることはできません。
 今回地図を眺めていて,片倉駅から八王子片倉台郵便局までの絹の道の道筋が残っていることを発見して,おどろきました。

(上の写真は,全てgoogleマップのstreet viewの写真です。写真をクリックすると拡大します。)

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2021/10/20

シルクロードの終点は,八王子鼻?

 先日,辺見じゅん著「呪われたシルクロード」に描かれた「八王子と横浜を結ぶ絹の道」の終点,横浜の十二天を紹介しました
 「呪われたシルクロード」には,十二天社が日本開国前の生糸密貿易の舞台だったと書かれているのですが,さらに横浜本牧の八王子鼻という場所についても書かれており,絹の道の終点がこの八王子鼻だとも書いてあるのです。ここら辺,ちょっと「呪われたシルクロード」という本の混乱しているところです。初め私は,十二天と八王子鼻は同じ所なのではないかと錯覚していました。実際には,この二つは別の場所で,外国船との密貿易はどちらでも行われていたという事なのでしょう。八王子からの絹の道の終点が八王子鼻だというのも,なんだか十二天社だというより首尾一貫していて面白いですね。
 先日書いたこのブログの記事のように十二天の場所には行ってきたので,八王子鼻にも行こうと思ったのですが,あいにくその日は雨降りで断念しました。
 八王子鼻は,八王子権現社のある岬である事からそう呼ばれていました。今では,八王子権現社は十二天社同様,本牧神社に合祀されています。もとの八王子権現社の場所は,普通の住宅になってしまっているようです。しかし,その参道であった階段の麓に,有志の方々が建てた石碑が残っているそうです。それによって,八王子鼻の位置はわかります。

Hachiojigongen

 この写真はGoogleマップのstreet viewから借りたものです。写真中央の階段脇の四角い石碑が八王子権現の石碑です。八王子権現については,「はまれぽ」のサイトをご覧ください。神社はこの階段を上がって左側にあったらしいですね。

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2021/10/18

絹の道の終着点

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Honmoku-12ten-past ここでいう絹の道(シルクロード)は,八王子から横浜までの,正にかつて生糸が運ばれた道のことです。幕末から明治にかけて,日本の主要な輸出品であった生糸が,長野,山梨,群馬等から八王子を経て横浜に運ばれ,外国に輸出されていきました。その八王子と横浜の途中にあって,生糸の貿易を担った豪商が何人も生まれた村が,今では八王子市内となっている「遣水」という村です。生糸を運ぶために敷設された八王子と横浜を結ぶ横浜鉄道(現在のJR横浜線)も,当初この遣水という村を通る予定でしたが,反対にあって遣水を避けるように南側を迂回するコースを取っていると言われています。
 生糸商人である遣水商人の興亡については,辺見 じゅんの「呪われたシルク・ロード」という本にまとめられています。
 黒船が来航し,幕府が正式に横浜を開港して,正式に生糸が輸出されるようになったのですが,実はその前から遣水商人は生糸の密貿易を行なっていて,それは横浜の港からは完全に死角になっている "横浜の天神山" に商品を隠し,沖に停泊した外国船にこっそりと荷を運ぶという話が,遣水で伝えられていました。辺見じゅん氏は,横浜でこの天神山を探します。しかし,横浜に "天神山" という山や島はありませんでした。様々に調査を行い, "天神山" というのは,本牧の海に面した "十二天社" という神社がある場所であると見当をつけました。その場所が,八王子から横浜へ続く日本のシルクロードの,開港前の終着点だったわけです。
 この十二天社は,いまでは既に当時の場所にはなく,神社自身も本牧神社という名に変わってしまいました。しかし当時の十二天社の場所は,いまでは十二天緑地として横浜市が管理しています。この緑地自身は保存緑地であり,金網に囲まれてかつての十二天社があった場所には入ることはできません。しかしかつて海沿いであった崖やこんもりとした十二天の丘を金網の外から望む事ができます。
 上の写真が十二天社のあった丘の全景。当時は左上の写真のように,崖下(上の写真の右側)が海だったわけですね。左上の鳥居のある写真は,十二天緑地広場にあった看板の写真です。下の写真は,その丘の崖側の写真で,当時もこんなふうに海に面して崖が聳えていたのでしょう。今では海が埋め立てられ,あまり当時の面影もないのかと思って行ってみたのですが,どうしてどうして,結構当時の風情を彷彿とさせる場所でした。
Honmoku-12ten-clif

 辺見じゅん氏の「呪われたシルク・ロード」という本は,既に紙の本(角川文庫版)は絶版になっているようで,私も電子書籍で読みました。私も昔は紙の本で読んだのですが,それがどこへいってしまったのかわからなかったので電子書籍で再読したのです。ちなみにアマゾン書店では,古本が7980円といい値段になっていて,一方私が買った電子書籍は495円でした。
 紙の本には写真や地図などが入っていたはずですが,電子書籍には入っていません。紙の本の完全復元版ではないのですね。もっとも,紙の本の写真は,印刷の具合か,結構品質が悪かった記憶があります。

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2021/10/12

国営昭和記念公園でコスモスを見てきました

Cosumos
Shouwa2Shouwa1 東京都立川市の国営昭和記念公園へ行って,コスモスを見てきました。
 この公園は,以前ポケモンGOのメッカという事で行ったことがありました。今回は,今の季節コスモスが満開ということで行ってきました。
 特に黄色いコスモスは,50万株が咲き誇っているといわれ,それは見事な物でした。園内数カ所に,様々な色のコスモスが咲いているのですが,丈の高いピンクや赤,白系統のコスモスは,先日の台風16号の影響で茎が倒れたり折れたりして,ちょっと残念な様子でした。しかしこの黄色いコスモスは丈が短く,倒れたりしていないので,なかなか見事でした。
 このコスモスも,10月半ばには,花の時期を終えてしまう様ですね。

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2021/09/26

大雄山最乗寺へ

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 車で大雄山最乗寺へ行ってきました。神奈川県足柄市にある曹洞宗の寺院です。1394年の開山といわれ,創建した僧,了庵慧明の弟子であった道了が開山に尽力したとして最乗寺の守護神として祀られており,そんなこんなで寺は「道了尊」と呼ばれています。
 この寺には初めて行ったのですが,東京に近く,車で行っても時間的にもそんなにかからないし,伊豆箱根鉄道大雄山線の大雄山駅からバスで10分しかかからないのに,かなりの深山にあるという印象の寺でした。杉などの巨木が立ち並び,その中にたくさんの堂宇が建っていました。
 奥の院は350段を超える石段を登ったところにありますが,別に山を取り巻く坂道のルートがあり,階段を上らなくても行く事ができます。しかしまあ,石段を上がった方が,達成感はありますwww。

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2021/09/14

閑散とした清水坂

Kiyomizusaka 先日来,京都清水寺に行った話を書いていますが,今日の写真は清水道という清水寺最寄りのバス停から清水寺へ至る清水坂の風景です。
 朝10時頃でしたが,沿道の店もポツリポツリしか開いておらず,開いていたとしても人通りが少なすぎます。清水寺へ至るメインルートが,こんなに人がいないというのは,ちょっとショックでもありました。先日,「清水寺は空いていた」という記事をアップしましたが,当然清水寺への道筋も空いているわけですね。
 まあ,清水寺からの帰りには店も開いており,人通りも少しは増えていましたが,新型コロナの観光への影響というのは,大変なものだと認識しました。

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2021/09/11

駅前の蝋燭

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 写真は,清水寺の舞台から見た京都タワーです。
 私たちが泊まったホテルからも京都タワーが見え,「ホテルは案外駅から近いところだったのだなあ」とか,清水寺から京都タワーが見え,「あっちの方向が京都駅か」とか,いろいろ批判もある京都タワーですが,"京都駅前" のランドマークとしては機能しているのだなと思いました。

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2021/09/10

清水寺は空いていた

Otowanotaki
 こっそりと京都へ行ってきた昨日の記事の続きです。
 私が清水寺へ行ったのは,なにしろ修学旅行の時で,今回がほとんど初めてみたいなものなのですが,連れは3年前,つまりコロナ前に来たことがあるそうです。その時,音羽の滝の周りを本堂の舞台の上から見ると,人でいっぱいだったという事です。ところが,今回行った時は写真のようにほとんど人はいませんでした。何しろ修学旅行の学生がいないのが大きいのでしょう。インバウンドはないし,国内旅行者,観光客もまばらで,観光地は本当に大変だろうと思いました。

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2021/09/09

そうだ京都に行こう,でも市営バス206系統がよくわからない

Kiyomizu
 金曜日に仕事で関西へ行って,せっかく関西へ行ったのだから,でもコロナだから,翌日ひっそりと京都へ寄りました。
 まずは修学旅行以来行っていない清水寺へ行こうと思いました。修学旅行以来ということは,清水寺行きは歴史の彼方に消えてしまっているという事ですwww。
 さて,ネットで検索すると,京都駅から市営バス206系統に乗るように出ています。
 京都駅前のバスターミナルで見回すと,まさに206系統が停留所に止まっています。「あれだ,あれだ」という事で,バスに駆け込みました。「やれやれ一安心。」と思ったら,連れが「変だな,もっと短時間で着くはずなのに。」と言い出してスマホを操作しています。「次で降りよう」といって降りたところが "四条烏丸駅"。そこで207系統に乗り換えて "清水道" で下車。無事に清水寺につきました。
 東京に帰ってきて,何を間違えたのだろうと色々検索してみました。すると,206系統というのは循環バスで,一周回ると2時間もかかるようです。だから,右回りに乗るか,左回りに乗るか,で,京都駅から清水道までの時間が異なるらしいのです。東から左回りでは,京都駅から10分ほどで清水道に着くのに,私たちが乗った反対周りでは1時間50分もかかってしまうわけです。
 ここで問題は,206系統が右回りか左回りかの表示が知らないものにはわかりにくい。どちら周りかは行先表示でわかるようなのですが,知らないものには行き先が書いてあってもわからない。206系統が循環バスであるかどうかもわからない。右回りと左回りがあるのかさえわからない。
 せめて両回りがある事が方向幕でわかるように表示されていたら,戸惑うこともなかったかもしれません。私が知っている循環バスは,内回り,外回りという方向幕表示があって循環バスであることがわかり,少なくとも両回りがあるのなら,どちらに乗ったらいいのか聞くなり調べるなりして注意することができます。ところが,方向幕が行先表示だけでは,それはわかりません。京都でも甲・乙で両方の系統を分けているらしいですが,方向幕にはその表示はありません。
 地元の人はそれでいいのでしょうがね・・・。

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2021/07/30

横浜市緑区の道正トンネル

(写真はクリックすると拡大します。)
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 最近その近くへ車で行ったので,ちょっと火がついて,別の日に散歩に出かけた場所が,横浜市緑区の道正トンネル。国道246号線が長津田駅前付近で混んでいそうだという場合に,環状4号線に抜けるために何回か通ったことがあるトンネルです。
 最後に通った頃(20年以上前だと思います),横で新しい道路とトンネルの工事を行っていたので,この道路やトンネルも,「新しい道に変わるのだな・・・」と思いました。
 ネットで検索してみると,まさしくその通りで,1.5車線程度しかない旧道,旧トンネル(旧トンネルはさらに狭く,幅は1車線分でした)は閉鎖となり,2車線の新道とトンネルができているようです。
 いつもは車で行くこの場所ですが,車で行ったのでは車の置き場所も困るだろうという事で,電車とバスで行くことにしました。田園都市線青葉台駅から横浜市営バス55系統「若葉台中央」行きに乗り,「北部斎場入口」で降車します。そこから歩いてすぐのところに「道正トンネル」があります。
 上の一番左の写真が,南側から旧トンネル入り口を撮った写真なのですが,旧トンネルの入り口は見えません。木々が生い茂り,柵があって,これ以上トンネル入り口に近寄れないのです。次の写真がその横にある新・道正トンネルです。写真右側の低い崖の上に旧トンネルがあります。この新トンネルを通って,反対側(北側)に回りました。旧・トンネルの北側入り口の写真が一番右の写真です。こちらの方もトンネル入り口の前に木々多生い茂り,物置のようなものもできていて,はっきりトンネルの入り口は見えません。北側でも,トンネルのだいぶ前方に柵ができていて,入り口に近寄ることはできませんでした。写真の右側に,新トンネルの上の方が見えています。新トンネルは旧トンネルより下に掘ってあるのです。
 今回,旧トンネルは目視で確認できませんでしたが,こんな感じの道路とトンネルだったよねという雰囲気はありました。
 ネット上に,国土地理院の標準地図というのが公開されているのですが,そこには,新トンネルと旧トンネルが両方共載っていますので,参考に添付します。googleマップなどの他の一般的な地図では,旧トンネルと旧道路は載っていません。
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